コラム

違法薬物(覚醒剤・大麻・麻薬など)が脳に快楽と苦痛を与える仕組み【薬物の脳科学】

覚醒剤や大麻、麻薬などの違法薬物の使用が、ヒトに快楽や苦痛をもたらすことは広く知られている。近年ではインターネットの普及により、内閣府や警察庁、厚生労働省などのホームページにて違法薬物がもたらす影響や所持・使用による罪状・量刑なども知ることができる。とはいえ、脳の構造にどのような変化を与えるのかについて詳しく触れているものは少ないといえる。それゆえ、違法薬物の使用に関して「ダメ。ゼッタイ。」というフレーズが広く認知されるも、どのようなメカニズムで脳に快楽や苦痛をもたらすかについてはあまり知られていない。

ここでは、違法薬物をテーマに、どのようにして脳に快楽や苦痛をもたらすのかについてみていく。

【目次】
1.薬物と人類の歴史
2.なぜ違法薬物は脳に快楽を与えるのか
 2-1.覚醒剤が快楽を生む仕組み
 2-2.依存の仕組み
 2-3.依存性の強さ
 2-4.違法薬物の摂取による症状と脳の変化
3.さまざまな違法薬物
 3-1.覚醒剤
 3-2.大麻
 3-3.麻薬
4.想像を超えた快楽と苦痛。それでも想像するなら
 4-1.快楽の想像
 4-2.苦痛の想像
 4-3.依存を克服する想像
5.一度だけの使用なら?

1.薬物と人類の歴史

薬物と人類の関わりの歴史は古い。古代中国では、紀元前2740年頃に神農と呼ばれる人物が現れる。神農は古代中国の賢人である三皇五帝のうちの一人といわれており、実在したかは不明だが様々な植物を舐めることで医薬的な効用を推定する能力を持っていたといわれている。
彼の教えを基本にして書かれたといわれる書物に、「神農本草経」がある。神農本草経は写本が繰り返され、長期にわたって漢方薬の指針として伝えられてきた。この書物には大麻の記述もあり、大麻には麻酔作用や陶酔作用、幻覚作用などがあることが書かれていた。

古代エジプトやギリシャ、ローマの文献にも、薬物が多く登場している。エジプトのパピルスに書き遺された文献には、紀元前16世紀には神殿で大麻を焚き、その煙を吸った神官が神と「対話」したとある。これは、大麻の幻覚、幻聴によるものと考えられている。
(関連記事:予言者の起源であるシャーマンと精神医学・脳科学《2.シャーマンの儀式》
また、ギリシャの歴史家であるヘロドトスの著書「歴史」には、紀元前450年頃にスキタイ人やトラキア人が大麻を喫煙していたと書かれている。

古代日本では、古代国家の邪馬台国の長であった卑弥呼は「鬼道(妖術)」によって国家を治めたといわれている。これらの鬼道は、何かしらの幻覚成分による倒錯状態を利用していたと考えられている。

2.なぜ違法薬物は脳に快楽を与えるのか

ヒトの脳内には、快楽物質であるドーパミンが含まれている。このドーパミンと似ている化学的構造を持つのが、違法薬物である覚醒剤のアンフェタミンやメタンフェタミンである。覚醒剤はドーパミンと成分が類似しているため、摂取によって脳の神経細胞はドーパミンの識別に失敗し、覚醒剤で快楽を感じるようになる。

2-1.覚醒剤が快楽を生む仕組み

覚醒剤の主な作用は、「1.神経終末からのドーパミンの放出促進」と、「2.ドーパミンの再取り込みの阻害」である。

ヒトの脳内では、楽しいことや嬉しいことがあったとき、シナプス(A)の末端から、シナプス(A)と次のシナプス(B)の開始地点との間にある「シナプス間隙」にドーパミンが放出される。このドーパミンがシナプス(B)の開始地点にある「ドーパミン受容体」に結合することで、ヒトは快楽を感じる。
こうして放出されたドーパミンは、すぐにシナプス(A)の神経終末にあるドーパミントランスポーターによって回収され、快楽は長く継続することなく短時間で落ち着きをみせる。シナプスの神経終末にあるトランスポーターは、ドーパミンを正確に認識して捉え、感情が長時間にわたって続かないよう、シナプス間隙からドーパミンを除去する役割を果たしている。

覚醒剤を摂取すると、こうした役割に異変が起きる。覚醒剤はシナプス(A)のドーパミントランスポーターを通ってシナプス(A)の末端に入り込むことで、そこに貯蔵されているドーパミンを強制的に次のシナプス(B)に放出する。その結果、シナプス(B)のドーパミン受容体に結合するドーパミンの数が増え、脳は強く興奮するようになる。これが、覚醒剤を摂取したときの脳の状態である。(「1.神経終末からのドーパミンの放出促進」の作用)

覚醒剤の効果は、これだけではない。脳内にドーパミンと形の類似した覚醒剤があると、シナプス(A)のドーパミントランスポーターは誤って覚醒剤を捕まえる。その結果、放出しているドーパミンは回収されず、「気持ちいい」という快楽の信号が送られ続ける。
また、放出されているドーパミンの量が多すぎることでドーパミン受容体が飽和し、受容体に結合できないドーパミンが生じる。このドーパミンは、「遊離ドーパミン」とよばれる。(「2.再取り込みの阻害」の作用)

遊離ドーパミンの濃度が高まることで、快楽はいっそう強くなる。

これら「1.神経終末からのドーパミンの放出促進」と「2.ドーパミンの再取り込みの阻害」が、覚醒剤の習慣性の原因となる。すなわち、過剰なドーパミンが放出されることで大きな快楽を感じ、さらにドーパミントランスポーターによって回収されない分、強力な気持ちよさが長続きする。自然な状態であれば決して生じない量のドーパミンが放出されることから、それは文字通り「自然な状態(=違法薬物を使用しない状態)であれば一生をかけても決して経験できないほどの強い快楽」を生み出すことになる。この快楽の強さが、強い依存性と相まって薬物乱用からの脱却を困難なものにする。

2-2.依存の仕組み

違法薬物の特徴は、耐性と依存性にある。耐性とは、薬物摂取を続けた際に身体の薬物に対する感受性が薄れ、同じ快楽を得るために必要とする薬物の量が増えることをいう。依存性とは、薬物を止めることができなくなり、無理に止めると苦痛を伴う離脱症状、すなわち禁断症状が現れることをいう。

薬物依存症に関して、原因が当人の意志の弱さにあるという指摘がなされることもあるが、依存は個人の特質が原因ではなく、生物学、細胞学、生理学に則った普遍的な原因によって起きることが研究によって分かっている。

違法薬物の摂取の頻度が高くなると、シナプスの軸索端末にあるドーパミンが出入りするドーパミントランスポーターの個数が減少することが知られている。これこそが、依存症の根本的原因と考えられている。
減少したトランスポーターは、薬物の摂取を止めても直ぐに復元するものではなく、減少した状態は数年間にわたって続く。すなわち、違法薬物を摂取するとその後の数年間は脳神経に異常を抱えたままとなり、禁断症状や依存症に苦しみ続けることになる。

2-3.依存性の強さ

違法薬物の依存性の強さを調べるために行われた動物実験がある。この実験では、被験体となるアカゲザルは特定の回数のレバーを押すことで薬物が摂取できる仕組みとなっている。薬物を摂取するために必要なレバーの回数は、2の4乗根倍(約1.2倍《=1.189…倍》)ずつ増えていく。(いわゆる「比率累進実験」)

この実験では、薬物を摂取するために必要なレバーの回数が少しずつ増えていくため、依存度が弱い薬物であれば早い段階で諦めがつき(=レバーの操作を止める)、依存度の強い薬物であれば諦めがみられない(=レバーの操作を止めない)という特徴がある。

実験の結果、薬物がニコチンの場合は2,690回でアカゲザルはレバーの操作を諦めたが、違法薬物のモルヒネの場合は12,000回を超えてもアカゲザルはレバーの操作を諦めなかった。アカゲザルがレバーを1万回以上も操作するためには、2~3日ほどかかる。すなわちアカゲザルは一回の薬物の摂取を求めて2~3日にわたって一心不乱にレバーを操作し続けたことになる。この結果は、モルヒネの依存性がいかに強いかを示している。

2-4.違法薬物の摂取による症状と脳の変化

違法薬物の摂取によって遊離ドーパミンが過剰になると、緊張や興奮、攻撃的な感情が深まる。そして、さらに激しくなると幻覚や幻聴、奇妙な思考癖などが現れるようになる。幻覚や幻聴によって自傷行為や他者への傷害・暴行、または殺人などもみられるようになる。

薬物の摂取を続けることで、神経細胞の軸索を取り巻くミエリン鞘や神経細胞自体が破壊され、脳室が拡大し、大脳皮質が萎縮するといった外見的変化も現れるようになる。
かつて、脳は成人になると新生されないと考えられてきたが、近年の研究によれば脳の海馬領域では特定の神経細胞が新生されることが分かっている。しかし、動物実験によると薬物を投与されたラットではこのような機能が損傷を受け、神経細胞が新生されないことが分かっている。すなわち、違法薬物の摂取によって損傷した脳は、回復しないことが示唆されている。

3.さまざまな違法薬物

違法薬物は、主に覚醒剤や大麻、コカイン、ヘロイン、LSD、MDMAなど、精神に影響をおよぼす薬物である。使用によって幻覚や妄想、または依存が生じ、これらが原因となって交通事故や傷害、暴行、殺人などの犯罪が引き起こされることがある。人によっては、1度の使用で中毒症状を起こし、命を落とす場合もある。そのため、法律によって所持や使用が禁止されている。

平成30年の検挙人数は、覚醒剤が9,868人、大麻が3,578人、麻薬及び向精神薬が291人(MDMAが50人、コカインが197人、ヘロインが10人、向精神薬が34人)である。国連薬物・犯罪事務局によれば、全世界でメタンフェタミンを含むアンフェタミン型の中枢神経刺激剤の乱用者は2,470万人いると推計されている。

違法薬物は、ひとつの法律ではなく複数の法律によって規制されている。覚醒剤は「覚せい剤取締法」、大麻は「大麻取締法」、コカインやヘロイン、LSDやMDMAは「麻薬及び向精神薬取締法」で規制されている。

以下では、代表的な違法薬物である「覚醒剤」「大麻」「麻薬(コカイン・ヘロイン・LSD、MDMAなど)」について、その特徴や症状をみていく。

3-1.覚醒剤

覚醒剤は「覚せい剤取締法」で規制される薬物であり、麻黄(まおう)という植物から抽出されたエフェドリンなどを原料として化学的に合成してつくられる。一般名は「アンフェタミン」「メタンフェタミン」である。日本で使用されている覚醒剤はメタンフェタミンが大半で、すべて密輸品の密造品といわれている。

覚醒剤の別名として、「シャブ」「ヒロポン」「ポン」「エス」「スピード」「アイス」「冷たいの」「クリスタル」「やせ薬」「ヤーバ」などがある。
「シャブ」の由来は「骨までしゃぶられる」「注射すると寒くなる(サブくなる)」「注射のために水で溶かして振るとシャブシャブと音がする」などがある。「ヒロポン」の由来は、ラテン語の「ヒロ(好む)」と「ポン(考える)」であり、ヒロポンとは「考える(仕事)を好む」=「疲れ知らずで働き続けられる」からきている。

覚醒剤の主な症状は、中枢神経の興奮、気分の高揚、多幸感、疲労感の減少、覚醒作用などである。しかし、こうした効果は数時間で消え、その後は脱力感や疲労感、倦怠感に襲われる。他にも、頭痛、発熱、発汗、血圧上昇、不整脈、吐き気、食欲減退、不眠、注意散漫、常同行動、精神障害(幻覚、妄想)、錯乱状態などの症状がある。幻覚や妄想、錯乱状態になると、発作的に他者に危害を加えるようにもなる。

覚醒剤によって幻覚や妄想等の症状が生じると、治療を経て回復したようにみえても、飲酒やストレスなどがきっかけとなって再び幻覚や妄想などが再発することがある。これは「フラッシュバック現象」と呼ばれ、生涯にわたって継続するともいわれている。

3-2.大麻

大麻は「大麻取締法」で規制される薬物であり、大麻草の「カンナビス・サティバ・エル」とその樹脂を指す。大麻草には、「THC(テトラヒドロカンナビノール)」という人体に有害な成分が含まれている。
薬物として大麻の形状は様々で、「乾燥大麻(別名:マリファナ)」や「大麻樹脂(別名:ハシッシュ、ガンジャ)」、「液体大麻(別名:ハシッシュオイル)」などがある。俗称としては、「グラス」「ポット」「エース」「ブッダスティック」「ハッパ」などがある。

摂取によって気分が快活、陽気になり、多弁の傾向もみられるようになる。触覚や聴覚、味覚、視覚の異常が生じ、時間や空間に関する正常な感覚が失われたり、判断力、思考力も鈍くなる。脳神経のネットワークが切断され、記憶への影響や学習機能の低下なども引き起こされる。中毒になると幻覚や妄想などの症状が現れ、狂乱状態から自傷行為や挑発行為、暴力などがみられるようになる。

特に青少年期の大麻の使用は正常な成長に悪影響を及ぼし、成人になったときの統合失調症発症リスクを高める。また、記憶力や集中力が低下するなど知能にも障害を与えることがある。

大麻の煙は発がん物質を多く含むため、咳や痰、気管支の炎症など呼吸器疾患を起こしやすくなり、肺がんの発症リスクを高める。妊娠前や妊娠中に大麻を使用した場合、タバコの喫煙と同様に、胎児の低体重等のリスクが高まるとの報告もある。

近年では、電子タバコで使用できる大麻リキッドや、濃縮された大麻ワックスなどの新しいタイプも登場している。また、海外からの密輸品の中には、チョコレートやグミ、クッキー、キャンディ、スナックなどの食品に大麻が含まれていることもある。

3-3.麻薬

麻薬は「麻薬及び向精神薬取締法」で規制される薬物の総称で、「覚醒剤」や「大麻」とは異なり「麻薬」という名称の薬物が単体としてあるわけではない。

麻薬は、本来は「あへん」や「あへん様化合物」から誘導された薬物であり、近年では作用が類似しているもの全てを指す。
違法薬物である一方、医療用麻薬には優れた鎮痛効果や鎮静効果があり、終末期医療における疼痛管理などにおいて必要とされている。しかし不適切な使用(乱用)も後を絶たず、社会的問題となっている。

麻薬には「コカイン」や「ヘロイン」、「LSD」や「MDMA」などの種類がある。

・コカイン

コカインは南米原産のコカの葉を原料として合成される薬物であり、コカのほとんどがコロンビア、ペルー、ボリビアの三ヶ国で栽培されている。一般的に、栽培地で加工処理された後に密造工場に運ばれコカインが作られる。別名に、「コーク」「コーラ」「スノウ」「ノーズキャンディ」などがある。コカインを不正に加工したものは、「クラック」と呼ばれる。
コカインには神経を興奮させる作用があるため、摂取によって気分が高揚し、「身体が軽く感じる」「腕力や知力がついた」という錯覚が生じる。しかし錯覚であるために、実際に腕力や知力が上がっているわけではない。効果の持続は20分~30分程度で、覚醒剤と比べると短い。

・ヘロイン

ヘロインは、モルヒネを原料に無水酢酸で加工して生成される薬物である。化学名は、「ジアセチルモルヒネ」。
依存性が極めて強く、日本では医療用での製造や使用も含めて全て禁止されている。神経を抑制する作用があり、使用によって強い陶酔感が生じる。依存するようになると、2~3時間ごとに使用しなければ激しい禁断症状が現れるようになる。主な症状は、異常な興奮、皮膚に虫のうごめくような不快感、全身のけいれん、失神、筋肉・関節の激しい痛みなどである。こうした症状が継続的に繰り返された後、精神に異常をきたすようになる。別名には、「スマック」「ジャンク」「ホース」「ダスト」「チャイナホワイト」などがある。

・LSD

LSDは、科学的に合成された合成麻薬である。LSDは化学名である「リゼルグ酸ジエチルアミド【Lysergsäurediethylamid】(ドイツ語)」の頭文字が由来となっている。LSDには強い幻覚作用があり、精神に障害を起こす事例もある。日本では麻薬に指定されているだけでなく、医療でも使われないため製造もされていない。別名には「アシッド」「ペーパー」「タブレット」「ドラゴン」などがある。

・MDMA

MDMAは、覚醒剤と似た化学構造を有する薬物で、別名「エクスタシー」とも呼ばれる。視覚や聴覚を変化させる作用があり、乱用すると常に不安を感じるようになり、不眠症になる。強い依存性があり、錯乱状態に陥るほか、腎臓や肝臓の機能障害や記憶障害にも陥ることがある。

・向精神薬

向精神薬は、抗うつ薬や抗不安薬、睡眠導入剤(睡眠薬)など、精神科で扱う薬剤の総称である。「トリアゾラム(別名ハルシオン)」など、中枢神経に作用して鎮静、興奮等の精神機能に影響を及ぼす。主に医療用に用いられるが、不正な取引は「麻薬及び向精神薬取締法」などによって規制されている。

4.想像を超えた快楽と苦痛。それでも想像するなら

違法薬物がもたらす快楽と苦痛は、使用者以外には想像し難い。それでもその片鱗を想像するとなると、どのように例えることができるか。

4-1.快楽の想像

アカゲザルを用いて行われた依存性の強さを調べる実験では、薬物を求めるためのレバーの操作回数がニコチンで2,690回、ヘロインで12,000回以上であると述べた。この回数を仮に依存度の強さとすると、ヘロインはニコチンの5倍ほどということになる。また、覚醒剤を摂取した際に放出されるドーパミン量の増加分や継続時間は自然状態(=違法薬物を摂取しない状態)で得られるの数倍であると考えられる。しかし、こうした「○○のn倍の快楽」という想像は、おそらくヒトの想像が及ばない領域といえる。

たとえば、ひとつのリンゴを食べたときの快楽を10とする。それでは、このリンゴをふたつ食べたときの快楽はどうなるか。これは、「10+10=20」ではなく、「10が2回」にすぎない。すなわち、(たとえどれだけリンゴがおいしいものであったとしても、)ひとつのリンゴを繰り返し食べても快楽が上積みされていくわけではない。これは、いわゆる「自然状態で感じることができる快楽の壁(それゆえ想像の限界)」といえる。
この壁を取り除くおそらく唯一の手段が、違法薬物の摂取である。違法薬物の摂取により、リンゴの摂取によって生じるドーパミンの量は20、30、50となり、その多量のドーパミンが、自然状態時よりも長時間にわたって脳内に留まり続ける。このときの快楽は、違法薬物を摂取しなければリンゴを100個、1,000個と食べても決して得られないものである。

4-2.苦痛の想像

違法薬物の摂取によって得られた極度の快楽は、同じくして極度の苦痛を生み出すことになる。快楽は数十分~数時間で消滅し、その後は脱力感や疲労感、倦怠感に襲われる。そして、触覚や聴覚、味覚、視覚の異常、時間や空間に関する正常な感覚の喪失、判断力、思考力の鈍化、頭痛、発熱、発汗、血圧上昇、不整脈、吐き気、食欲減退、不眠、注意散漫、常同行動、精神障害(幻覚、妄想)、全身のけいれん、失神、筋肉・関節の激しい痛み、皮膚に虫のうごめくような不快感、錯乱状態に陥る。この苦しみもまた、使用者以外には想像しがたいものである。

これらの苦しみから逃れる方法は、おそらくはただひとつしかない。それは、「もう一度、薬物を摂取すること」である。薬物を摂取したときだけが、これらの苦しみから解放される。そして、苦しみから解放されるだけでなく、自然に過ごしているだけでは決して体験することのできない極上の快楽を得ることができる。しかし、この快楽も長続きせず、再び前回を上回る脱力感や疲労感、倦怠感、触覚や聴覚、味覚、視覚の異常、時間や空間に関する正常な感覚の喪失、判断力、思考力の鈍化、頭痛、発熱、発汗、血圧上昇、不整脈、吐き気、食欲減退、不眠、注意散漫、常同行動、精神障害(幻覚、妄想)、全身のけいれん、失神、筋肉・関節の激しい痛み、皮膚に虫のうごめくような不快感、錯乱状態に苦しむことになる。以前よりも増したその凄烈で耐え難い苦しみから逃れる方法もまた、ひとつしかない。それは、再び薬物を摂取することである。
こうして違法薬物は、際限なく摂取され続けることになる。そして、苦しみも際限なく続く。

4-3.依存を克服する想像

違法薬物に対する依存を克服する難しさは、使用者以外には想像しがたい。違法薬物の使用によって得られる快楽が自然状態では決して得られないものであるならば、その依存の強さや抑える難しさもまた、自然状態では決して経験することのできない、つまりは想像が及ばないものかもしれない。
そう考えると、ヒトの日常にあふれるあらゆる欲求、たとえば「ケーキを食べたい」「ゲームをしたい」「マンガを読みたい」「音楽を聴きたい」「スポーツをしたい」「遊園地に行きたい」「好きな人に会いたい」など、ありとあらゆる欲求を一生涯にわたって抑え続ける以上の自制心が求められると言い換えられる。また、たとえば学業や仕事で疲れたときに「少し休みたい」という欲求も抑え、5時間、10時間、15時間と作業を続けられる自制心よりも強い自制心が、薬物依存を克服するために必要となるといえる。つまり、「再び薬物に手を出さない」という意志を貫くことは、「一生涯、ありとあらゆる娯楽に手を出ず、そのまま人生を終える」という意志を持つことよりも難しいものかもしれない。これだけの意志を生涯にわたって貫ける者が、どれだけいるのだろうか。薬物依存を断ち切る難しさ、そして再犯率の高さの要因は、まさにここにある。

薬物依存の克服は、文字通り「一生涯にわたって、最大の欲求(これまでに経験した最大の快楽)を抑え続けるだけの人生」に等しくなる。薬物使用者は、もう二度と「満たされる」ことのない、薬物摂取以外に満足できる夢も希望も快楽もない、終わりの見えた人生を歩み続けることになる。

5.一度だけの使用なら?

先述したように、違法薬物の摂取は神経細胞の軸索を取り巻くミエリン鞘や神経細胞を破壊し、脳室を拡大させ、大脳皮質を萎縮させる。また、ラットの実験で触れたように、神経細胞は新生されなくなる。切断された手足が再生しないように、違法薬物によって破壊された脳細胞が再生することはない。

すなわち違法薬物とは、一度の摂取によって二度と回復することのない、死ぬまで終わりのない無限の苦痛の循環に陥れる、酷薄の薬物なのである。

【参考文献・参考サイト】
・日本薬理学雑誌「薬物自己投与実験による強化効果および中枢作用の検索」
・SPDP LETTERS The Society of Primate Diseases and Pathology「自称サル族による行動薬理学的研究」
・公益社団法人日本薬学会「薬学用語解説 麻薬」
・「脳を惑わす薬物とくすり」(C&R研究所)
・「なぜ人はドキドキするのか? 神経伝達物質のしくみ」(技術評論社)
・薬物のない世界のための財団「世界中にはびこる覚せい剤中毒」
・もっと知ってほしい がんと生活のこと「向精神薬による薬物療法」
・政府広報オンライン「若者を中心に大麻による検挙者が急増!」
・厚生労働省「大麻栽培でまちおこし!?」
・警察庁「令和元年版 警察白書」
・青森県警察「薬物Q&A」
・福島県 南会津保健福祉事務所「覚醒剤とは」
・東京都福祉保健局「2 薬物乱用防止に関するQ&A」
・東京都福祉保健局「乱用される代表的薬物」
・千葉県警察「薬物乱用防止教室」
・神奈川県 鎌倉保健福祉事務所「覚醒剤」
・愛媛県警警察「覚せい剤Q&A」
・高槻市「大麻について」

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