コラム

子どもから大人への第一歩は、「心の理論」の理解
~“相手の心の理解”がもたらすものとは~

 子どもと大人の境界線は、たとえば法律であれば「満20歳」か「20歳未満」で判断が可能だが、生物学や人類学、脳科学や心理学の観点からは明確な境界線があるとは言い難い。しかしそれでも、子どもと大人の間に一定の境界線を引くことはできる。いわゆる「心の理論」は、理解や修得の有無が子どもと大人の境界線になりうる。ここでは、そんな「心の理論」についてみていく。

【目次】
1.「心の理論」と“誤った信念課題”
2.言語の違いが「心の理論」の理解に与える影響
3.「心の理論」とユーモアの理解
4.「心の理論」と柔軟性・独創性の関係
5.「心の理論」の理解は、ヒトの可能性を広げる

1.「心の理論」と“誤った信念課題”

 ヒトが目にすることのできる“眼前の相手”の情報は、相手の仕草や表情、行為などであり、耳にすることのできる情報は声や音などである。ヒトはこうした情報を通じて、『相手が何を意図しているか』『どのような感情を抱いているか』など、相手の心がどのような状態にあるかを推測することができる。すなわち、相手に心があることを仮定して、その心がどのような状態にあるのかを推論する。こうした“心の存在とその状態を推論する能力”を、「心の理論(Theory of Mind)」という。「心の理論」はヒトが進化の過程で身に付けた能力であり、一般的な成人であれば一様に有している。しかし乳幼児の段階では「心の理論」は理解されず、大人になる過程で理解に至ることがさまざまな実験によって確認されている。

 「心の理論」を理解しているか否かを調べるためのテストとしては、「サリーとアン課題」が用いられることがある。この課題は、以下のようなものである。

◆『サリーとアン課題』


 正解は、「かご」である。なぜなら、ボールは箱の中にあるが、サリーはボールが箱に移されたことを知らないゆえに、かごの中にボールが入っていると認識している(=誤った信念を抱いている)ためである。

 この課題で試されているのは、部屋に戻ってきたサリーの心(=サリーの認識)を正しく推論できるか否かである。この課題を幼児で試すと、3歳児は多くの場合に『箱の中を探す』と答える。これに対して5歳~6歳になると、『かごの中を探す』という答えがみられるようになる。この結果から、「心の理論」は4歳~6歳の頃に獲得されると結論付けられている。なお、自閉症を患っている場合には4歳~6歳を超えても上記の課題に答えられないことが確認されている。

2.言語の違いが「心の理論」の理解に与える影響

 ヒトが『~と思う』という動詞を用いるためには、「心の理論」の理解が不可欠となる。なぜなら、『~と思う』という思考を持つためには、自分以外の他者も“思う・思わない”という行動が可能であることを認識する必要があるためである。すなわち、『明日、雨が降ると思う』と主張する場合、通常は“明日、雨が降ると思っていない(=降らないと思っている/降ると思っていない)他者”を想定する必要がある。他者が『~ないと思っている/~と思っていない』状態であることを推論できて(もしくは、“他者も思っている”という状態を推論できて)はじめて、自らの立場を述べるべく『~と思う』という言葉(動詞)を用いることが可能となる。

 日本語には、相手の認識を推論した上で用いられる文法形式がある。たとえば、『~ね』『~よ』『~かな』などの終助詞である。これらの終助詞は、話し相手の認識(=心の状態)を推論した前提で用いられる。推論している“話し相手の認識(=心の状態)”と、それに合わせて用いられる終助詞(『~ね』『~よ』『~かな』)の関係は以下のようなものである。

◆『推論している“話し相手の認識”』と『終助詞』の関係

・【~ね】:相手と自分が同じことを知っている(思っている)と推測される場合に用いられる。
例:『今日、一緒にお昼ご飯を食べる約束をしていたよね。』
⇒話し手は、話しかけている相手が『一緒にお昼ご飯を食べる約束をしていることを知っている認識』であると推論した上で発言している。

・【~よ】:相手が(詳しく)知らないことについて、自分の方が知っていると推測される場合に用いられる。
例:『明日、となりのクラスに転校生が来るらしいよ。』
⇒話し手は、話しかけている相手が『明日、となりのクラスに転校生が来るということを(詳しく)知らない認識』であると推論した上で発言している。

・【~かな】:自分が強い自信を持たない(=相手の方が強い自信を持つ)と推測される場合に用いられる。
例:『さっきの電話対応は、あれで良かったのかな。』
⇒話し手は、話しかけている相手が『さっきの電話対応はあれで良かったのかどうかについて、自分よりも自信を持って判断できる認識』、もしくは『自分よりも相手の方が詳しい状態』であると推論した上で発言している。

 上記のいずれの終助詞(『~ね』『~よ』『~かな』)は、話し手が話しかけている相手の認識(=心)を推論しなければ用いることができない文法形式となっている。

 これらの表現は日本語を母国語とする幼児が幼い頃から用いるため、日本語を母国語とする幼児は他の言語を母国語とする幼児と比べて「心の理論」の理解が早いのではないかとの仮説がある。この仮説を検証するべく、次のような実験が行われた。
 ドイツ語には、日本語のように『~ね』『~よ』『~かな』といった“相手の認識を想定した上で用いる文法形式”がない。そこで、用いられる言語の違いによって「心の理論」の理解の早さに違いがあるかを測るべく、ドイツ語を母国語とする3歳児と日本語を母国語とする3歳児を対象に“誤った信念課題”を行った。その結果、日本語を母国語とする3歳児は用いられた言語表現に基づいて登場人物の意図をある程度推測できたのに対して、ドイツ語を母国語とする3歳児にはできなかったことが確認された。
 このことから、用いる言語の違いによって「心の理論」の理解に違いが生じることわかる。

3.「心の理論」とユーモアの理解

 「心の理論」の理解は、ユーモアの理解を可能とする。ユーモアとは、文章や会話において読み手や聞き手の笑いを誘発させる性質を指す。こうした読み手や聞き手の“笑い”が生じる場面の例としては、「文章上の意味」と「発話者の真意」が異なる場面が挙げられる。

◆『文章上の意味』と『発話者の真意』が異なる文

1.(前から欲しがっていたアクセサリーを、友人がサプライズでプレゼントしてくれた際に)
『今日は最高の誕生日だわ』
⇒“文章上の意味”と“発話者の真意”が同じ。
すなわち、発話者は≪今日が最高の誕生日である≫と考えている。

2.(財布を落とし、傘が壊れ、雨に打たれ、折れたヒールを片手に)
『今日は最高の誕生日だわ』
⇒“文章上の意味”と“発話者の真意”が異なる。⇒いわゆるユーモア
すなわち、発話者は≪今日が最高の誕生日である≫とは考えていない。

 上記の例のように、「文章上の意味」と「発話者の真意」が異なることで、読み手や聞き手に笑いが生じる。なお、「文章上の意味」は言葉として表されているために理解が容易であるのに対して、「発話者の真意」は言葉として表されないために理解が困難となる。それゆえ、「発話者の真意」を理解するためには話し手の意図を読む「心の理論」の理解が不可欠となる。

 ユーモアの理解を確認するために行われた実験によって、ユーモアを理解できるようになるにはある程度の年齢に達する必要があることが分かっている。上記の例のように「文章上の意味」と「発話者の真意」が異なる場合、3歳頃までは発言が嘘であることを認識できない。すなわち、3歳児は話し手が“今日が最高の誕生日である”と考えているものと認識する。5歳頃になると、発言が嘘であることを認識できる(=最高の誕生日ではないことが分かる)ようになる。もっとも、皮肉の意味で捉えることはできない。すなわち、嘘をついた理由を認識できない。8歳頃になるとようやく、ユーモアの意味で捉えることができるようになる。

4.「心の理論」と柔軟性・独創性の関係

 「心の理論」は、ヒトの思考の柔軟性や独創性とも一定の関係性を持つことが確認されている。
 子どもの思考の柔軟性や独創性を測るために、“発散的思考課題”を用いた実験が行われた。この課題では、『新聞を使ってできることを全て教えてください。』といった指示を子どもに出し、子どもが思いつく回答の数が計測された。この課題では、独創的な回答(=他の子どもが思いつかない回答)には高い得点が与えられた。
 こうした発散的思考課題の得点は、「心の理論」の理解を把握するために行なわれた誤信念課題の得点に比例することが確認されている。すなわち、誤信念課題での回答が正確な子どもほど発散的思考課題での回答は多く、独創的なものとなった。

 発散的思考課題で多くの回答を出せなかった子どもたちには、関心を向けている対象の範囲内でしか他の回答が思いつかない傾向がみられた。たとえば、赤い物の名前を挙げるように求めた際に『消防車』と回答した場合、その子どもはその後、消防車に関連する物を多く挙げ、赤い本や赤いボールといった他の赤い物はほとんど挙げなかった。
 こうした結果が生じるのは、子どもが回答を求めて自身の知識を柔軟に見渡すためには特定の回答から自身を切り離して考える必要があるためと考えられている。高い柔軟性や独創性には“既存・既定の情報からの逸脱”が求められることから、自身を客観視する能力が乏しい場合には柔軟性や独創性が生まれにくくなる傾向がある。自身を客観視する能力が「心の理論」の理解と一定の関連性を持つことから、柔軟性や独創性を発揮するためには「心の理論」の理解度が高くなければならない。

5.「心の理論」の理解は、ヒトの可能性を広げる

 ヒト(子ども)は、「心の理論」を理解することであるときは大人のユーモアを理解し、あるときは自身を客観視して柔軟性や独創性を発揮するようになる。複雑な人間関係や高度な能力が求められる社会で円滑に過ごしていくには、「心の理論」の理解は不可欠な要素である。この点において、まさに「心の理論」の理解は子どもと大人とを区別するひとつの境界線であるといえる。

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