脳科学Q&A

Q.辛いものを食べるとき、無理をしてでも食べてしまうのは何故でしょうか。
Q.「第六感」や「イヤな予感」の正体は、脳科学の観点から説明できるのでしょうか?
Q.恋愛に関して、「女性は上書き保存」「男性は別名保存(新規・名前を付けて保存)」といいますが、脳科学的に根拠はあるのでしょうか?
Q.お風呂で髪を洗った後、洗ったことを忘れて再び洗ってしまうことがあるのですが、病気でしょうか?
Q.とにかくたくさん喋ると、すっきりした気持ちになります。何故でしょうか?
Q.「脳は全体の10%しか使っていない」と聞きましたが本当でしょうか?
Q.ヒトは何故、夢をみるのでしょうか?
Q.風邪をひいて熱が出て寝込んだとき、怖い夢をみるのは何故でしょうか?
Q.遠い昔に聴いていた音楽を久々に聴いたとき、当時の景色や香り、感覚を思い出すのは何故でしょうか?
Q.氏より育ち』という言葉がありますが、実際のところ、子どもの成長に大きな影響を与えるのは氏(遺伝子)と育ち(教育)のどちらでしょうか?
Q.あらゆる動物の中で最も知能が高いのはヒトだと思いますが、ヒトの脳の大きさは全ての動物の中で最も大きいのでしょうか?

 

Q.辛いものを食べるとき、無理をしてでも食べてしまうのは何故でしょうか。

A.辛いものを食べたときに脳内で分泌される物質が関係しています。
ヒトの舌にある味(み)細胞は、塩味、酸味、甘味、苦味、うま味を感知します。これに対して、いわゆる「辛味」は味細胞ではなく、舌の痛覚受容器で感知されます。すなわち、「辛味」とは厳密にいえば味ではなく、痛みです。
辛味成分を摂取したとき、脳内では「βエンドルフィン」という物質が分泌されます。この物質は脳内麻薬とも呼ばれ、痛みやストレスをやわらげる効果を持ちます。βエンドルフィンは主に痛みやストレスを感じたとき に脳下垂体から分泌され、鎮痛作用や多幸感をもたらします。たとえば、長時間ランニング によって現れる「ランナーズハイ」と呼ばれる陶酔感は、このβエンドルフィンが関係していると考えられています。なぜ長時間のランニングによって現れるかといえば、ヒトが古来より狩りを行なっていたことに関係しています。
ヒトの狩りの対象となる陸上哺乳動物の多くは、瞬発力には長けていますが持久力は乏しいという特徴があります。この点、ヒトがそうした動物を狩るためには、長時間にわたって追いかけ、獲物が力尽きて動きが鈍くなるのを待ってから襲うというのが最も成功率が高く、安全な狩猟方法となります。とはいえ、長時間の追跡はヒトにとっても心身ともに苦しいものです。そこでヒトの脳は、長時間のランニング時にβエンドルフィンを分泌させ、ヒトに多幸感を感じさせることで追跡を維持させ、狩りを成功させるという方法をとりました。
「なぜヒトは辛いものを好んで食べるのでしょうか。」という質問に戻れば、唐辛子などを食べて 痛みを感じたとき、ヒトの脳は痛みをやわらげるという目的と、快楽を感じさせることで、食事(=栄養)の摂取を続けさせるという目的のために、βエンドルフィンを分泌し、結果的に「辛いものを好んで食べる」という状態につながっているものと考えられます。

 

Q.「第六感」や「イヤな予感」の正体は、脳科学の観点から説明できるのでしょうか?

A.感情の記憶を司る扁桃体が、ひとつの答えとなっているかもしれません。
ヒトの記憶は、海馬だけでなく扁桃体にも蓄積されると考えられています。記憶を保存する海馬が損傷している人を対象とした、ある実験があります。海馬が損傷しているために新しい情報が記憶できない被験者は、主治医の顔や名前、会ったことを5分も覚えることができない状態でした。そのため、被験者は主治医に会うたびに「はじめまして」と挨拶し、握手をしていました。ある日、主治医が手に針を仕込んで握手をすると被験者は痛がりましたが、翌日になるとそのことを覚えていませんでした。そこで主治医が握手を求めると、被験者は握手をするのを嫌がりました。これは、前日に針が手に刺さった出来事を(海馬で)覚えていないにもかかわらず、痛いと感じた感情が扁桃体に蓄積されていたからだと考えられています。
また、3歳以下に経験した出来事は、海馬が十分に発達していないために出来事としては記憶されませんが、扁桃体は3歳以前に発達するため感情だけが記憶されて残っている場合があるともいわれています。
こうした場合に、いわゆる「第六感」や「イヤな予感」として直感的に何かを感じる可能性はあります。

 

Q.恋愛に関して、「女性は上書き保存」「男性は別名保存(新規・名前を付けて保存)」といいますが、脳科学的に根拠はあるのでしょうか?

A.脳科学というよりも、生物学的な要因が考えられます。
生命活動の大原則(目的)は、子孫を残すことにあります。それゆえ、ヒトを含む全ての生命は、より優秀な遺伝子を後世に残すために異性を求めることになります。
男性であれば(理論上は)1年間に365人の子どもをつくることが可能ですが、女性であれば(双子や三つ子を除けば)1年間につくれる子どもは1人です。男女ともに、より優秀な遺伝子を後世に残すために異性を求める上で、男性は「より多くの女性」と子どもをつくることが生存戦略上の優位となりますが、女性は「より質の高い男性」と子どもをつくることが生存戦略上の優位となります。そのため、男性が過去の女性を忘れることは残せる子孫の数を減らすことにつながり不利となり、女性が(質が低いと判断した)過去の男性を覚えていることは質の低い子孫を残す可能性が高くなり不利となります。
こうした理由から、女性にとっては「上書き保存」という戦略が有利に働き、男性にとっては「別名保存(新規・名前を付けて保存)」という戦略が有利に働くと考えられます。

 

Q.お風呂で髪を洗った後、洗ったことを忘れて再び洗ってしまうことがあるのですが、病気でしょうか?

A.運動を司る「小脳」が関係しているかもしれません。
学習には、「頭で知識を覚えるタイプ」と「身体で動きを覚えるタイプ」があります。身体の運動は、最初のうちは自分で意識して行いますが、練習を重ねると考えることなく身体が動くようになります。これは、最初は動きを知識として大脳で制御していたものを、小脳が運動モデルとして記憶することで考えることなく身体が動くようになるためです。
洗髪のような毎日の行動は運動として小脳に記憶されやすく、それゆえ意識に残りにくくなって忘れやすいと考えられます。

 

Q.とにかくたくさん喋ると、すっきりした気持ちになります。何故でしょうか?

A.言語を司る「言語野」が活発になっているからと考えられます。
言葉を理解したり話したりする言語中枢(言語野)は、左脳にあります。そして、近年の研究では左脳が「快」の感情に関係していることが分かっています。このことから、たくさん喋ることで左脳が活発に機能し、物事を楽観的に捉えやすくなっていると考えられます。

 

Q.「脳は全体の10%しか使っていない」と聞きましたが本当でしょうか?

A.最新の研究では、全体的に使われていることが分かっています。
特定の活動をしていないときでも、脳の神経細胞は活発に活動しています。脳の各領域は、ひとつだけでなく複数の機能を担当していることが近年の研究で分かっています。また、ひとつの機能を実現するために複数の領域によるネットワークがつくられていることも明らかになっています。

 

Q.ヒトは何故、夢をみるのでしょうか?

A.明確な理由は分かっていません。
睡眠中の脳は、起きているときの行動や記憶を再現・整理し、必要な情報を定着させることがあります。夢は、この活動にかかわる可能性があると考えられています。「昼間に覚えられなかったことが一晩眠ると覚えられた」という経験は、定着の成果といえます。

 

Q.風邪をひいて熱が出て寝込んだとき、怖い夢をみるのは何故でしょうか?

A.高熱によって、恐怖や不安を管理する扁桃体の活動が活発になるためです。
調査によれば、熱にうなされて見る夢は空間の歪みや暗闇に落ちていく感覚を覚えるものや恐怖を感じる生物に遭遇するものが多い傾向にあります。怖い夢をみる原因となるのは熱そのもので、病気の種類は無関係といわれています。

 

Q.遠い昔に聴いていた音楽を久々に聴いたとき、当時の景色や香り、感覚を思い出すのは何故でしょうか?

A.それぞれの感覚の記憶は脳の異なる部位に保存されますが、それぞれの記憶が関連づけられて保存されるためです。
「エピソード記憶」と呼ばれる経験の記憶は、その出来事が起こったときに活動していた脳の部位に保存されます。
例えば、幼い頃に夏の田舎でセミの鳴き声を聴きながら太陽の陽射しを浴び、大きなクワガタを眺めながらラムネを飲んだときの記憶は、脳の特定のひとつの部位ではなく、複数の部位に保存されます。セミの鳴き声は聴覚を処理する領域に、太陽の陽射しは触覚を処理する領域に、クワガタの姿は視覚を処理する領域に、そしてラムネの味は味覚を処理する領域に記憶されます。これらは同時に蓄積された記憶であるがゆえに脳内で少なからず関連性を持ち、いずれかの記憶が呼び起こされた際に他の記憶も同時に呼び起こされることになります。この例では、セミの鳴き声を聴いたときにクワガタの姿や夏の太陽の陽射し、ラムネの味を思い出しやすくなります。

 

Q.『氏より育ち』という言葉がありますが、実際のところ、子どもの成長に大きな影響を与えるのは氏(遺伝子)と育ち(教育)のどちらでしょうか?

A.いずれも重要ですが、どちらがより重要であるかは、生活環境次第といえます。
ヒトの遺伝子の数は2万3,000個ほどで、そのうちの70%が脳をつくる作業に関与しているといわれています。そして、ヒトの脳は1,000億のニューロンと500兆のシナプスによって構成されています。ヒトの脳のネットワークは複雑すぎるがゆえに、ニューロン同士の接続をどのようなものにするかを生前に遺伝子で指示することはできません。そのため、ヒトの脳は生後(または胎内にいる間)の外部要因(=環境)の影響を強く受けて形成されるようになっています。
脳の成長やニューロンの接続は、誕生後の乳児期・幼少期の経験によって得られた情報に基づいて行われます。したがって、子どもの時代をどう過ごすかが非常に重要になります。一卵性双生児を対象とした調査によると、一方が貧しい家庭で育ち、他方が中流家庭で育った場合には、知力の発達に大きな差があったことが分かっています。しかし、一方が中流家庭、他方が豊かな家庭で育った場合には、知力の発達に大きな差はみられませんでした。
このことから、環境(育ち)が一定水準を下回る場合には遺伝子(氏)は本来の特徴を発現しづらく、環境が一定水準を上回る場合には本来の特徴を発現しやすいということが分かります。すなわち、ある程度までは『育ち(環境)』が重要で、それ以上は『氏(遺伝子)』が重要であるといえます。
最新研究では、ヒトの知力は50%が遺伝子(氏)の要因で決定され、残りの50%が環境(育ち)の要因で決定されると考えられています。

 

Q.あらゆる動物の中で最も知能が高いのはヒトだと思いますが、ヒトの脳の大きさは全ての動物の中で最も大きいのでしょうか?

A.大きいことで有名なヒトの脳ですが、他の動物と比べると決して『最大』ではありません。
ヒトの脳は大きさでみればゾウのほうが大きく、全身の体重に占める割合では一部の鳥類のほうが大きいことが分かっています。また、賢さの基準のひとつとなるシワの数は、イルカやクジラのほうが多いことが分かっています。こう考えると、ヒトの賢さを裏付けるものを『これだ』と断定するのは難しいことなのかもしれません。

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