コラム

なぜ脳は左脳と右脳に分かれているのか

 多くの人が一度は聞いたことがあるように、ヒトの脳は左と右とでそれぞれ異なる役割を担っている。たとえば大脳の左半球は、言語の処理を担っている。また、他の動物と比べてはるかに器用な動きをする右手の制御も左半球が担っている。これに対して大脳の右半球は、物体の位置や空間を把握する役割を担っている。

 1970年頃まで、上記のような言語や利き手、空間関係などの処理に関して左右のいずれかの脳が特化しているのは、ヒトに限られたことであると考えられていた。すなわち、他の動物では大脳の半球の機能に左右の差はないと考えられていた。しかしこの数十年の研究によって、動物の左右の脳もそれぞれ独自の役割を持っていることが分かってきた。

 近年の研究によると、生物が脳を獲得した5億年前には既に大脳半球の機能に左右の違いがあったと考えられている。(関連記事:脳の進化の5億年

 古くから、生物の脳の左半球はパターンとして確立された日常的な行動の制御に重きが置かれ、右半球は予想外の刺激の感知への反応を専門に担っていたと考えられている。ある特定の状況では脳半球の片側が主に働くという傾向が初期の脊椎動物に生じ、これが脳の左右分業の始まりとなったと考えられている。

【目次】
1.脊椎動物の多くは右利き
2.「日常の左脳」と「非日常の右脳」
3.「部分把握の左脳」と「全体把握の右脳」
4.なぜ進化の過程で脳の左右に機能を割り振ったのか

1.脊椎動物の多くは右利き

 脳と身体をつなぐ神経系は、脊椎動物では左右が交差していて、身体の片側に出入りする神経の多くは反対側の脳半球と繋がっている。つまり、右半身は左脳、左半身は右脳の制御下にある。

 上述したように、脊椎動物の左半球は日常的な行動の制御に特化していると考えられている。これを裏付ける証拠が研究によって複数みつかっている。たとえば、摂食行動は多くの脊椎動物で身体の右側への偏りがみられる。魚類、両生類(ヒキガエル)、爬虫類は右眼と左半球に導かれて自分の右側にいる獲物を捕まえる傾向がある。また、鳥類(ウズラ、ハト、ニワトリ、セイタカシギなど)は主に右眼に導かれてさまざまな種類のエサをつついたり獲物を捕まえたりしている。ニュージーランドのハシマガリチドリという鳥は、主に右眼を使って川底の石の下にいるエサを探すので、クチバシが右に曲がっているという特徴がある。

 哺乳類に関しては、ザトウクジラを調査した結果、75頭のうち60頭の右顎にだけ擦り傷があることが分かっている。これは、ザトウクジラがエサを集めるときに右顎を使ったことを意味している。
 現在では、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類といった全ての脊椎動物が通常の接触行動において右側を使うことが分かっている。この行動は、おそらくは祖先から受け継がれてきたものと考えられている。

 なお、複数の研究結果から、人類と近い霊長類であるサル(ヒヒ、オマキザル、アカゲザル)や類人猿(チンパンジー)も右手を好んで使っていることが分かっている。

 繰り返し述べるように、大脳の左半球は“決まった動き・課題”を担当する。この左脳から身体への最も直接的なルートは(神経が交差しているため)右半身の神経であり、それゆえヒト以外の霊長類も日常的な動作をする際には右手を使うようになっている。

2.「日常の左脳」と「非日常の右脳」

 日常的な状況における行動の制御は、左脳が処理する身体の右側に偏っている。たとえば、典型的な日常の行動である「獲物を捕らえて食べること」について考える。ある実験では、回転台に貼りつけたバッタの模型をヒキガエルのどちらかの視野に入るよう回転させた。バッタをヒキガエルの左側において時計回りに回転させると、ヒキガエルはバッタが視野の中心線を越えて右視野に入ってからでないと攻撃しなかった。

 これに対して、右脳は脅威などの非日常の状況に対する反応を処理する。生物は捕食者に遭遇したとき、咄嗟に適切な行動をとる必要がある。右脳はこうした出来事を処理するために進化してきた。ヒキガエルを使った別の実験では、ヘビの模型をヒキガエルの右や左から突き出した。ヒキカエルの右側からヘビが近づいてもヒキカエルは気が付かなかったが、左側から近づくと右脳の反応が引き起こされてヒキガエルは飛び退いた。

 その他のさまざまは実験によると、魚類、両生類、鳥類、哺乳類は全て、左視野(脳の右で処理)に見えた捕食者に対して右視野の捕食者よりも大きな回避反応を示した。

3.「部分把握の左脳」と「全体把握の右脳」

 左脳と右脳の違いは、日常と非日常に対する状況の処理だけではない。左脳と右脳には、それぞれ「部分を把握する役割」と「全体を把握する役割」がある。

 カリフォルニア大学サンディエゴ校のディーン・デリス(Dean C. Delis)の研究チームは、小さな「A」が集まって全体として「H」を形づくっている図を脳損傷患者に見せ、その後、記憶をもとにその図を再現してもらった。

 その結果、右半球に損傷がある(左半球が機能している)患者は「A」の文字を用紙全体に疎らに書くことが多かった。(下図左)
 これに対して、左半球に損傷がある(右半球が機能している)患者は「A」の文字を書かず、大きく「H」と書くことが多かった。(下図右)

 右半球が損傷している患者は元の絵の細かい部分は思い出せるが全体的なパターンは思い出せなかった。これに対して左半球が損傷している患者は全体的なパターンは再現できるが細かいパターンは再現できなかった。
 この結果から、ヒトの左脳は数個の細かい点に従って刺激の特徴をとらえる一方で、右脳は全体的なパターンを統合する機能に特化していることが分かる。

4.なぜ進化の過程で脳の左右に機能を割り振ったのか

 なぜ脊椎動物は、脳の片側に特定の機能を振り分けるようになったのか。外部から入ってくる刺激を評価・判断するには、2種類の分析を同時に行う必要がある。1つは、その刺激が全体的にどれくらい新しいのかという評価であり、もう1つは、その刺激が過去に経験した馴染みのあるものかという評価である。目新しい刺激(非日常)であれば相応の行動が(右半球で)求められ、慣れた刺激(日常)であれば通常どおりの行動が(左半球)で求められる。

 刺激が“目新しい”と気づくには、その経験が目新しいことであると明確に認識できるよううな特徴に注意する必要がある。たとえば空間認知では、同様に「新しいものを見つける能力」が必要となる。というのも、通常であれば視点が変わるたびに新しい形の刺激を受けることになるためである。この判断は、右半球が行う。これとは対照的に、刺激をどのカテゴリーに含めるかを分類するときは、その刺激のうちどの特徴が注意すべきものであるかを認識する一方で、固有の特徴や風変わりな特徴を切り捨てる必要がある。その結果が、脳の最も重要な能力の1つである選択的注意である。この判断は、左半球が行う。

 こうした大脳半球の機能差が進化した理由は、機能を左右で分担していない脳に比べて両種の情報を効率的に同時並行処理できたからと考えられている。これを確認するために、ヒヨコを用いた実験が行われた。
 ヒヨコに2つの課題を与える。1つはエサの粒を小石から選り分けるという左半球の仕事であり、もう1つはヒヨコの頭上を横切るタカの模型に対して反応するという右半球の仕事である。実験によって生み出された“脳の左右の差がないヒヨコ”の場合、タカがいないときは問題なくエサの粒と小石を区別することができたが、タカが頭上を飛んでいるときは小石からエサを選り分けるのに時間がかかった。これに対して、“脳の左右の差がある(通常の)ヒヨコ”の場合は、差のないヒヨコほどには時間がかからなかった。

 この実験は、脳の左右に差があるほど同時に複数の行動が可能であることを意味している。同時に複数の行動が可能であれば、それだけ生存競争に有利になる。こうした理由から、脊椎動物の多くに脳の左右の機能の違いが受け継がれていくことになった。

◆参考文献
心の迷宮 脳の神秘を探る (別冊日経サイエンス 191)

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