脳科学基礎知識

脳の進化の5億年、発達の38週間、成長の80年

 地球上に存在する全ての動物は、脳を持つ。動物は脳を持つことで、高度な情報処理を可能としている。たとえば、心臓の動きや呼吸、消化、代謝のような生命活動を維持する機能を実現している。また、ヒトのように脳が極めて高度に発達した動物であれば、記憶・認知・想像・創造・判断・伝達・論理的思考・抽象的思考など、さまざまな精神(=思考)活動も可能としている。

 地球上に脳という器官が誕生したのは、今から5億年ほど前である。脳を獲得した生命は5億年に亘(わた)って進化を続け、その果てに現在のヒトへと至った。

 以下では、生命が脳を獲得するに至った過程と今日までの進化の歴史を辿り、さらにはヒトの受精~出生までの38週間での脳の発達、そして出産後の脳の成長について、脳のしくみの概要とともにそれぞれを時系列で追う。

1.脳のしくみ

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 脳は、『神経細胞(ニューロン)』や『グリア細胞(神経膠細胞)』などから構成されている。神経細胞とグリア細胞には、それぞれ異なった役割がある。

■神経細胞(ニューロン)

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 神経細胞は、『細胞体』『樹状突起』『軸索』で構成されている。この3つは一つの単位として扱われることが多く、まとめて『ニューロン』とも呼ばれる。
ニューロン
 樹状突起は隣接するニューロンから送られてくる情報を受け取る役割を果たし、軸索は他の隣接するニューロンへと情報を伝える役割を果たす。軸索の先端は他のニューロンと結合しており、その結合部分は『シナプス』と呼ばれている。

 眼や耳、口、鼻、肌などの感覚器官から取り込まれた刺激(=情報)は樹状突起を通じて細胞体に送られ、その情報の種類によって軸索から出力するか否かが細胞体によって判断される。細胞体が情報を出力する場合には軸索に活動電位を生じさせ、シナプスを介して隣接するニューロン(樹状突起・細胞体・軸索)に情報を伝える。こうしたニューロンのネットワークが、脳の活動の基盤となっている。

■グリア細胞(神経膠細胞)

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 脳を構成する細胞のうち、ニューロン(樹状突起・細胞体・軸索)以外の細胞は、グリア細胞(神経膠細胞)と呼ばれる。グリア細胞には『アストロサイト』『オリゴデンドロサイト』『ミクログリア』などがあり、それぞれが異なる役割を担っている。

・アストロサイト

 グリア細胞の中で最も多い細胞であり、血管壁から吸収した栄養分をニューロンに供給する役割や、細胞外の過剰なイオンを除去することでニューロンを保護する役割を果たす。

・オリゴデンドロサイト

 神経細胞のひとつである軸索を覆い、『髄鞘(ミエリン鞘)』をつくる役割を果たす。髄鞘は膜状で、電気を通しにくい性質をもつ。この髄鞘が軸索を覆うことで、情報の伝達速度は向上する。なお、軸索を髄鞘(ミエリン鞘)が覆うことをミエリン化という。

・ミクログリア

 ニューロンを検診し、ニューロンが損傷している場合には修復を行う役割を果たすと考えられている。

■種(しゅ)の違いによる脳の違い

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 ヒトを含む全ての動物の脳は、神経細胞(ニューロン)によってつくられる神経回路を基盤としている。各動物の脳は基本的な構造を他の動物と共通のものとしながらも、種の違いによって異なる特徴を持っている。こうした脳の特徴の違いは、各動物が持つ能力や特性に現れる。たとえば、サメは嗅覚を司る『終脳』や平衡感覚・運動感覚を司る『小脳』が発達していることから、嗅覚が優れ、遊泳能力も高い。これに対してヒトの脳は、理性や知性を司る『大脳皮質』が発達していることから、言葉や計算、相手の気持ちを理解するといった人間らしい高度な精神活動や、高い思考力を実現している。
 種の違いによる脳や能力・特性の違いから、ヒトを含む全ての動物の脳は、進化の過程における種の分化の度に、脳以外の器官(=部位)と共進化してきたことが分かる。

2.脳の進化の5億年

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 脳の誕生と進化の歴史を振り返るためには、生命の誕生の歴史にまで遡る必要がある。地球上に初めて生命が誕生したのは、今から38億年前である。このときに誕生した“原始生命”は、脳を持っていなかった。原始生命が脳と呼ばれる器官を獲得するまでには、30億年以上の歳月が必要だった。

■神経の獲得と、ヒトに至るまでの進化の歴史

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神経

・38億年前:生命の誕生

 海中に、“リボ核酸”や“タンパク質”が誕生した。このリボ核酸とタンパク質によって、初期の生命は構成された。生命はその後、DNA(デオキシリボ核酸)を形成し、これによってDNAを持つ“あらゆる生命の共通祖先”が誕生した。共通祖先は後に、原始的な単細胞生物へと進化していった。初期の単細胞生物は、神経や脳を有していなかった。

・10億年前:単細胞生物の分岐(1)

 単細胞生物が、“従来のままの単細胞生物”と“植物・菌類の祖先になる単細胞生物”とに分岐した。

・9億年前:単細胞生物の分岐(2)

 “植物・菌類の祖先になる単細胞生物”に分岐しなかった単細胞生物のグループが、原始的な動物であるカイメン(海綿)と分岐した。このカイメンには、まだ神経系らしきものはなかった。

・8億年~6億5000万年前:多細胞生物の誕生

 複数の単細胞生物が集まり、多細胞生物が誕生するようになった。当時の大気には紫外線を防ぐオゾン層がなかったため、太陽からの紫外線が減衰することなく地表に降り注いでいた。そのため、大気中の酸素は毒性の強い活性化状態になり、紫外線とともに生物のDNAに損害を与えていた。損害を受けたDNAは回復を繰り返すことで新しい遺伝子の組み合わせを構成し、多様性を増していった。

・6億3000万年前:刺胞動物の登場

 この頃に誕生した刺胞動物(イソギンチャクやクラゲなど祖先)には、『散在神経系』と呼ばれる神経網が存在していた。散在神経系とは、神経細胞が体全体に網目状となって存在している神経系を指す。

・5億4200万年前:カンブリア紀の開始

 今から5億4200万年ほど前のカンブリア紀になると、海中には多様な生物があふれるようになった。カンブリア紀に誕生した多くの生物は、体を動かすために神経細胞が集合した“神経節”を獲得した。

 6億3000万年前に誕生した刺胞動物は神経細胞が体全体に網目状に分布した散在神経系を獲得したが、さらに進化した生物は神経が集まった『集中神経系』を獲得した。この集中神経系が、一般的に『脳』と呼ばれる器官となる。カンブリア紀には、こうした“原始的な脳”といえる構造を持つ生物が誕生した。ここから、5億年に渡る脳の進化の歴史が始まる。

 この時期以降に登場した魚類・両生類・爬虫類・哺乳類などの脊椎動物(多数の椎骨(ついこつ)がつながった脊椎を有する動物)の脳は、どの動物でも基本構造が似ている。どの動物の脳も『脳幹』『小脳』『大脳』から構成され、動物ごとにその大きさが異なった進化を遂げることになる。すなわち、現在までの脳の進化は、基本構造が変化するのではなく新しい機能が付け加わることで実現してきた。

・5億2400万年前:無顎類の登場

 顎を持たない『無顎類(ヤツメウナギの祖先)』などが生息していた。
ヤツメウナギ
 無顎類の脳にはニューロンの活動を補佐するグリア細胞が存在しているが、ニューロンの一部である軸索を覆うミエリン鞘(=軸索を流れる電気信号が拡散することを防ぐ鞘)の存在は確認されていない。ミエリン鞘がないことから、脳内での神経伝達速度は速くなかったと推測されている。

・4億6000万年~2000万年前:顎口類の登場

 生物の中に、顎を持つ『顎口類』が登場した。顎口類は、ミエリン鞘を獲得していたと考えられている。軸索のミエリン化は神経伝達速度を高めるため、顎の獲得と神経伝達速度の向上が、生存競争に有利に作用したといえる。こうした要因から、顎口類は進化を有利に進めることができたと考えられている。

 顎口類のその後の進化により、脳の形態に大きな変化がみられるようになった。特に終脳(=大脳)は、前方に大きく拡大するようになった。
 顎口類の祖先の段階で、頭部を形成する胚葉(=受精卵が卵割することで生じる細胞層)に変化が生じ、脳の前方に存在していた鼻孔の位置が移動し、さらには下垂体(=さまざまなホルモンを分泌する内分泌器官)の位置も移動した。これによって脳の前方が開け、終脳を形成する空間が確保されて終脳の発達が加速していったと考えられている。こうして脳の発達が加速した顎口類は後に、両生類・爬虫類・哺乳類へと進化していくことになる。

・3億7000万年前:両生類の登場

 海中で誕生した脊椎動物である魚類の一部が両生類となり、陸上へと進出した。
カエル
 両生類は大脳と小脳の割合が小さく、本能や反射を司る脳幹が大部分を占めていた。特徴としては、嗅覚に関係する『嗅球』が大きい点があげられる。

・3億1500万年前:爬虫類の登場

 陸上で生活するようになった両生類の一部は、『羊膜』を獲得したことによって地上での繁殖を可能とした。羊膜は、胚(胚子:多細胞生物の個体発生における初期段階の個体)を乾燥から守る役割を果たす膜である。この膜を獲得したことによって、それまで海中や水辺でしか生活できなかった魚類や両生類のような脊椎動物は水から離れ、地上の至るところで繁殖できるようになった。

 羊膜を獲得した種は、それまでの脊椎動物が住むことのできなかった乾燥地帯や砂漠にまで生息範囲を拡大していった。この羊膜を持つ種(羊膜類)が、後に爬虫類へと進化した。
ワニ
 爬虫類の脳は両生類と同様に、反射やエサの捕獲、交尾といった本能的な行動を司る部位である脳幹が脳全体の大きな部分を占めており、大脳と小脳が小さい点が特徴である。また、中脳の後にある“視葉”が小さく嗅球が大きいため、物を見ることよりも匂いを嗅ぐ方が得意という特徴を持つ。

 爬虫類の大脳は小さく、大脳の構成は動物が生きていくために必要な本能や恐怖などの原始的な感情を司る『大脳辺縁系』が主である。爬虫類の大脳辺縁系は主に、においを感じ、本能的行動に直結する部分だけが形成されているに過ぎなかった。なお、大脳辺縁系は進化的に古いことから『古皮質』と呼ばれる。

・2億2500万年前:哺乳類の登場

 魚類から両生類、爬虫類へと進化を遂げた後、爬虫類から哺乳類へと進化する直前の段階で、大脳の『新皮質』をつくる基になる部分が形成された。
 哺乳類の特徴は、それまでの生物と比較して大脳が大きく、そして小脳の割合が小さいという点にある。大脳の表面を覆う大脳皮質にしわができたことで大きな容量(広い表面積)が確保され、新たに発達した大脳新皮質に視覚野や聴覚野といった感覚を司る『感覚野』や、運動機能を司る『運動野』が誕生した。
リス
 爬虫類が哺乳類へと進化したことで、大脳新皮質は大幅に拡大していった。これにより、嗅覚以外にも視覚などの情報が脳に多く取り込まれるようになった。こうして哺乳類は、陸上で迅速な行動が可能となった。
キツネ
 大脳辺縁系も主に嗅覚以外の感覚に対応するようになり、喜怒哀楽が豊かになった。また、情報を記憶する能力も向上した。こうして、哺乳類特有の怒りや恐怖、攻撃、愛、嫌悪などの感情が出現した。

・6000万年前:哺乳類(霊長類)の登場

サル
 哺乳類の進化の過程で、霊長類に進化する種が現れた。ニホンザルやチンパンジーなどの祖先にあたる霊長類は新皮質がさらに発達して大きくなり、『連合野』が出現し、より高度な認知や行動が可能となった。

 連合野の発達はヒトの進化における重要や領域の1つである。霊長類の脳は連合野のみならず、感覚野や運動野も複雑な機能を担うようになった。こうした霊長類が獲得した情報処理機能を土台として、後にヒトの脳が誕生することになる。

 霊長類の大脳の発達は、当時の霊長類が身を置いた環境に起因している。樹上で生活するサルには、枝から枝に移る能力が必要だった。そのため、大脳にある手の指や手のひらなどを中心とした腕の運動や感覚を司る領域が発達している個体が、生存競争において有利であった。また、樹上で行動するためには立体視が可能な優れた視覚が必要とされた。こうした要因から、大脳の視覚や聴覚に関わる部位が発達した。これにともない、脳の周辺領域も拡大・進化していくことになった。
 類人猿に進化して以降は、指や手のひらを司る領域と隣り合う“脳の顔面筋”や、“舌・唇の運動や感覚”に関わる領域が拡大されたため、表情が豊かになった。その後、さらにその周辺の領域が拡大・発達し、『ブローカーの中枢』と呼ばれる運動性言語中枢が形成された。

■ヒトの祖先の登場

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霊長類

・440万年前:アルディピテクス・ラミダスの登場

 哺乳類の中から霊長類が登場して5500万年程が経過すると、直立二足歩行を可能とする初期の人類の一種である『アルディピテクス・ラミダス』が登場した。身長は120cm、頭蓋容量は300cm^3程度だった。なお、直立歩行をすることなく森に留まった種族は、その後は脳が拡大することなく、現在のチンパンジーやボノボへと進化していった。

・250万年~160万年前:ホモ・ハビリスの登場

 木材や石を加工して道具を作り出すべく、眼と手を正確に連動させ、手先を器用に動かすようになった。こうした活動により、頭蓋容量は600cm^3程度にまで拡大した。この頃になると、言語を司る『ブローカー野(運動性言語中枢)』が目立つようになった。

 ホモ・ハビリスは脳の進化によって自身を取り巻く世界を認識し、言語を用いて周囲の個体に自身の考えを正しく伝える能力を持つようになった。こうした能力は『心』を生み出す生物的基礎となり、現在のヒトに通じる能力となった。

・180万年~5万年前:ホモ・エレクトゥスの登場

 頭蓋容量がさらに拡大し、950cm^3程度になった。石器をより高度に加工し、槍などもつくるようになった。ホモ・エレクトゥスが加工した石器は、ホモ・ハビリスが加工した石器と異なり石の両面が削られて先端が鋭利に尖っている特徴を持っていた。
 ホモ・エレクトゥスは道具を巧みに操っただけでなく、火を使うことも覚えた。火は夜間に肉食動物を寄せ付けない役割を果たし、さらにはそれまで摂取できなかった食糧を調理して摂取できるようになった。また、直立二足歩行によって骨格が変化し、発声気管が従来よりも低い位置に下がった。この変化によって発声が容易になり、言語の発達が加速した。脳内では、言語を司る部位であるブローカー野がますます発達した。さらに、聴覚を司る部位に隣り合う部位も拡大し、『ウェルニッケ野』と呼ばれる感覚的言語中枢に発展した。

・20万年前~現代:ホモ・サピエンスの登場

 脊椎動物の進化の初期の段階では、脳は神経細胞が集まった“膨らみ”のようなものに過ぎなかった。やがてこの膨らみはヒトへの進化の過程で大脳、間脳、中脳、小脳、延髄、脊髄からなる複雑な構造を形づくり、個体の維持だけでなく高度な精神活動を可能とする器官となった。

 原始的な霊長類からホモ・サピエンスへと進化する過程で、大脳皮質は厚みが増しただけでなく表面積も著しく拡大した。また、大脳皮質はより深く複雑なしわをつくって容量を増やし、大脳新皮質の感覚野、連合野がさらに発達した。小脳も大きくなり、ヒトの複雑な動きを可能にした。
 霊長類の登場から現在にかけて、大脳新皮質はそれまでの生物史に例がない速度で拡大・発達していった。大脳皮質の中でも新しい皮質(新皮質)は高等動物ほど発達しており、霊長類では認知や思考、判断といった知的活動を司る部位となっている。
こうした変化によって頭蓋容量は1400cm^3まで拡大し、ヒトは抽象的な思考が可能となった。

脳が進化したことにより、思考や創作活動の幅が広がった。たとえば、動物の骨や牙・角を利用してネックレスやペンダントなどの装飾品やフルートのような楽器、裁縫に用いる縫い針、油を燃やすオイルランプなどがつくられるようになった。今から2万5000年前には、動物の油を用いて絵の具を作成し、洞窟の壁に様々な色で牛の絵を描くことも可能となった。

・5億年の進化を遂げて

 今から5億年前に生命が獲得した神経管は、進化を経て“脳”となった。脳は生物の進化と共に新たな領域を形成し、機能や役割を生み出していった。こうして魚類、両生類、爬虫類、哺乳類、そして霊長類へと進化を遂げ、5億年という歳月を経て現在のヒトの脳へと進化した。

3.脳の発達の38週

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胎児
 5億年という歳月をかけて進化を遂げたヒトの脳は、母体で受精した後、38週で形成される。
 以下では、ヒトの脳が受精から出生に至る38週の間でどのように形づくられ、発達していくのかについてみる。

■受精から出産までの脳の発達

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 受精後に始まるヒトの脳の形成と発達は、生命そのものの脳の進化の軌跡を辿ることになる。たとえば、今から5億年前に生命が獲得した神経管は受精後3週目に形成され、今から6500万年前に発達した大脳の皮質は、受精後17週目頃までに形成される。このように、受精後のヒトの脳の発達は生命の脳の進化をなぞる。

・受精直後~17日:『胚』と『神経板』の誕生

 卵子に精子が着床して胚になると、胚は細胞分裂を繰り返して細胞の数を増やし、平らな円盤状の『内胚葉』『中胚葉』『外胚葉』を形成する。
細胞分裂
受精後17日頃になると、外胚葉が肥厚することで全ての神経系の基になる『神経板』が形成される。

・受精後3週:脳の基になる『神経管』の誕生と発達

 胚の中で神経板が形成された後、神経板の正中部に神経溝と呼ばれる1本の溝が生じる。そして神経板の両端が盛り上がると同時に神経溝に沿って徐々に内側に折りたたまれていくことで、長さ2mm、直径0.2mmほどの管状の『神経管』が形成される。
 神経管は発生時、1本の管になっているが次第に隆起する部分が生じ、前方部分から後方部分にかけてそれぞれ大脳、間脳、中脳、小脳、延髄、脊髄などへ分化していく。

 神経管の壁面内部では、『マトリックス細胞』が分裂を始める。マトリックス細胞は神経管の壁面内部で内側と外側を往来しながら細胞分裂を繰り返す。分裂した細胞の片方は樹状突起や軸索を持つ神経細胞に変化し、もう片方の細胞はさら細胞分裂を繰り返す。神経管の壁面は、マトリックス細胞が管の内側から外側にかけて放射状に並ぶことで形成されていく。こうしてマトリックス細胞が分裂して増殖を重ねることによって、神経管の壁面は成長していくことになる。形成された神経細胞は神経管の外側に蓄積され、樹状突起を伸ばして神経回路を形成していく。

・受精後4週:各領域の基盤の形成

 神経管から大脳、間脳、中脳、小脳、延髄、脊髄の基盤が形成された後、脊髄で神経細胞が分化しはじめる。

・受精後5週

胎児の変化-01
 胎児の全長が1cm程度となる。大脳は神経細胞を生み出すマトリックス細胞だけからなり、神経細胞は脳幹と脳髄にだけみられる。前脳、中脳、菱脳のふくらみができはじめる。
 体の部位ではひれの形をした手足が突きだしてくるが、指は未だ形成されていない。

・受精後7週

胎児の変化-02
 胎児の全長が2cmを超え、首や体の屈曲運動や手足の屈伸運動をするようになる。脊髄の神経細胞の分化は概ね完了し、大脳では神経細胞が分化し始める。分化した神経細胞は他の神経細胞から情報を受け取るための樹状突起や、情報を伝えるための軸索を介して他の神経細胞との情報網を形成していく。

・受精後10週

胎児の変化-03
 胎児の全長が7cm前後になる。脊髄の神経細胞が手足の末端まで伸び、筋肉と結合する。

・受精後13週

 全長が13cmを超え、全身の器官の基礎形成が完了する。大脳では盛んに神経細胞が生み出され、大脳皮質の形成が活発に進行する。脳幹(間脳・中脳・延髄)の神経細胞の形成は、この頃に完了する。

・受精後16週

 視神経が大脳と結びつくことで視覚情報を感じることが可能となる。

・受精後17週

胎児の変化-04
 全長が20cm程度となる。大脳での神経細胞の産出が完了に近づき、約140億個の神経細胞が大脳皮質を形成した状態となる。大脳の神経細胞数はこの時期で最大となり、これ以降は生涯を通じて減少していくことになる。

・受精後20週

 全長が25cm程度、体重は200g~300gとなる。脳幹や脊髄を中心に、成熟しつつある神経細胞の軸索に『髄鞘』が形成され始める。軸索は発生当初、剥き出しのままだが発達にともなって『グリア細胞』が巻き付いて鞘(髄鞘)がつくられる。髄鞘は絶縁体の役割を果たし、電気信号が髄鞘の節から節へと跳躍して伝わる。これにより、脳内の電気信号の伝導効率が著しく高まる。髄鞘化を経て、神経細胞どうしの連結と信号の伝達・処理機能の完成へ向けた脳機能の整備が始まる。

 この時期になると大脳皮質の折りたたみが始まり、大脳皮質のしわが増えていく。大脳や小脳などの脳の基本構造の区分が概ね完成し、感覚器官や中枢神経系の大枠もこの時期に形成される。

・受精後21週

 内耳と外耳という基本形態ができあがる。内耳は大脳と聴神経によって配線され、音を感じ取る聴覚情報処理が機能し始める。

・受精後22週

 脳幹では動眼神経や顔面神経などに続いて、眼や顎に関する三叉神経、聴神経、内耳神経などの感覚神経でも髄鞘化が始まる。もっとも、この時点では実際に見えたり聞こえたりすることはない。なお、脳幹の発達が一定の水準に達するため、この時期に産まれても生存していくことは可能となる。

・受精後26週

 大脳の表面に中心溝や頭頂後頭溝、シルビウス裂(外側溝)が明確にみられるようになる。この時期になると、人間らしさを特徴づける大脳の大枠が形成される。脳幹も完成に近づき、音や光に対する反射や呼吸へ繋がる運動が現れるようになる。

・受精後30週

胎児の変化-05
 全長が45cm程度になる。神経面も、生まれるための最低限の準備がほぼ整うことになる。
 視神経や脳幹、脊髄から大脳に向かう軸索にも髄鞘化が始まる。中耳が形成され、外界の音が聞こえる体制ができる。また、光が脳に伝えられるようになる。

・受精後37週

胎児の変化-06
 全長が50cm程度となり、いつ生まれても可能な体制が整う。
 大脳皮質のしわが増え、ヒトの脳としての完成に近づく。大脳内部の軸索も髄鞘化が始まる。やがて脳の活動には一時的な抑制がかかり、胎動もほぼ停止し、出産を待つことになる。

・受精後38週

受精から38週に亘って胎内で育った後、出生する。
38週目
 胎内では脳の基本的な構造が形成されるが、そうして形成された脳が出生後にどれほどの機能を有し、どれだけの役割を果たすかは、成長後の環境によって定まることになる。

 以下ではヒトの出生後の脳の成長について、生涯を通じてどのような時期にどのような能力を修得していくのかをみる。

4.脳の成長の80年

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女子高生(思考)
 ヒトの新生児の特徴は、他の哺乳類に比べて自立性が低い状態で生まれてくるという点にある。多くの哺乳類は生後すぐに自力での移動が可能であり、自力で生存できる能力を有している。これに対してヒトの新生児は自力での移動ができず、養育者なしで生きていくことができない。
 こうしたヒトの新生児の未熟さは、未熟な状態で生まれることによって多様な刺激にあふれた外界にて、環境や経験によって大きく変化していく可能性を持って生まれたとも解釈することができる。

■新生児期・乳児期(出生後~12ヶ月)

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新生児
 出生時の新生児の脳の重さは、約400gである。これは、成人の脳の重さである1,200g~1,500gの1/3~1/4に相当する。なお、新生児の体重が約3,000gであるのに対して成人の体重は約60kgであることから、新生児の体重は成人の1/20程度となっている。

 新生児・成人それぞれの体重に対する脳の重さの割合を見ると、成人の場合は体重に占める脳の重さが約2~2.5%であるのに対して、新生児の場合は全体重に占める脳の重さの比率は約13%である。このことから、脳の基本的な部分(いわゆる能力面ではなく構造面)は他の体の部位と比較して成熟していることが分かる。

・生後5日:母子相互作用の開始

 母親の声や香りに対してのみ、特別な反応を示すようになる。こうした認識の区別により、新生児は母親に甘えることを覚える。そして、新生児から求められるようになった母親は母親としての自覚を持ち始める。このような関係は、『母子相互作用』と呼ばれる。

・生後2週:微笑みの開始

 次第に微笑むようになり、日を追うごとにその頻度が増す。また、母親が話しかけると微笑み返すようになる。

・生後2ヶ月:コミュニケーション・原会話の開始

 他者に能動的に関わるようになる。他者の目を見つめ、微笑みを自ら返すようになる。自分の体をどう動かせば他者から期待すべき反応が引き出せるかを予想した双方向的なコミュニケーションが始まる。
 うれしい、かなしいといった情動のやりとりも可能となる。こうしたやりとりは一般的に、“原会話”と呼ばれる。

・生後3ヶ月:発声の開始

 母親が話しかけると、喜びながら声を出すようになる。また、リラックスしたときには喉の奥から『クーイング』と呼ばれる音声を出すようになる。

・生後1週~3ヶ月:原始反射の発達

 出生後3ヶ月の間は主に延髄や橋(きょう)の一部で神経発達がみられ、反射的な行動がみられるようになる。なお、新生児だけにみられる反応は『原始反射』と呼ばれる。原始反射の種類には、『モロー反射』や『吸綴(きゅうてつ)反射』などがある。モロー反射とは、大きな音が聞こえたときに、両手を広げて抱きつくような動作をする反射である。吸綴反射とは、口に入ってきたものを強く吸う反射である。たとえば、空腹時に母親を求めて母乳を飲むような反射が該当する。

・生後4ヶ月:中脳の神経発達

 中脳の神経発達がみられるようになる。神経発達が中脳に達すると原始反射は少しずつ減少し、『立ち直り反射』が生じてくる。立ち直り反射とは、たとえば体を傾けたときに真っ直ぐな姿勢に戻ろうとする反射である。こうした反射は、大人が意識的に行うのに対してこの時期の乳児は反射的に行っている。また、この時期になると支えられることで座れるようになる。

 さらに、意識的に物へ手を伸ばすようになる。掴む際の動作は、手のひらを対象にかぶせるような形となる。また、物を握り合ったり引っ張ったりするなど、物を介したやりとりがみられるようになる。なお、この段階では乳児の注意は物か他者のいずれか一方に限定される。すなわち、この段階では乳児は物と他者を同時に意識することができない。

・生後6ヶ月:平衡反応・自我・喃語の発生

乳児
 大脳の神経発達がみられるようになる。大脳皮質の神経発達が始まると、体のバランスをとって姿勢を保つ『平衡反応』が生じるようになる。また、つかまり立ちや伝い歩き、歩行といった複雑な行動が可能となる。この時期になると、原始反射は概ね消失する。

 また、自我と個性の発達がみられるようになる。自身の要求に応えてもらえないことや、新たにできるようになったこと(たとえばお座りなど)をさせてもらえないことに対する不満が、『泣く』という形で表現される。さらに、恐怖心も芽生えるようになる。たとえば、見知らぬ人に話しかけられ場合や、兄・姉が叱られたのを見た場合に泣き出すようになる。

 言語の面では、『ダーダーダー』や『バーバーバー』のような、明確な意味はないものの何らかの意図を伝えようとする、複数の音節を持つ『喃語』がみられるようになる。

・生後8ヶ月:単純な統計や確率の理解

 知能に著しい発達がみられ、単純な統計や確率であれば理解できるようになる。生後8ヶ月の乳児が確率を理解している様が確認できた実験として、次のような実験がある。

 生後8ヶ月の乳児に白と赤の玉を4:1の割合で入れた箱を見せ、そこから5個の玉を取り出す。取り出す際には、『赤玉4つ、白玉1つ』の組み合わせであるパターンと、『白玉4つ、赤玉1つ』の組み合わせであるパターンの2パターンおこなう。
 なお、乳児は驚いた際に対象物を長く眺める傾向があるため、白玉の方が4倍多く入っている箱から無作為に取り出した5つの玉のうち4つが赤玉である場合に、驚きの感情があれば長く眺めることになる。
統計・確率実験
 この実験の結果、乳児は赤玉4個と白玉1個の組み合わせを見たときの方が、白玉4個と赤玉1個の組み合わせを見たときよりもその状況を眺める時間が長かった。)
 この実験では、その後に赤玉と白玉の割合を逆にするなど、設定を変えたさまざまな実験から別の理由(赤ちゃんは赤い玉に興味があるなど)を模索したが、そのような仮定は否定されている。(すなわち、この実験結果が示す結論が正しいことを意味している。)

・生後8~9ヶ月:シナプスの密度の最大化

 大脳にある、視覚情報を処理する視覚野で神経細胞の繋ぎ目であるシナプスの密度が最大となる。シナプスの数はその後、数年間で60~70%程度にまで減少していく。

・生後9ヶ月:視線追従・社会的参照・共同注意などの発達

 他者とのやりとりの変化が目立つようになる。また、嫉妬の感情をみせるようになる。
 母親が何かに対して注意(注目)していることを理解できるようになり、母親が注目している物を目で追う『視線追従』がみられるようになる。また、見知らぬ物や出来事に出くわしたとき、母親とそれを交互に見比べるようになる『社会的参照』がみられるようになる。さらに、自分の興味ある物や出来事を指さし、母親の関心をそちらに引き寄せようとする『共同注意』もみられるようになる。

この時期になると、それまでの“他者(母親)あるいは物との二項的なやりとり”に加え、他者(母親)の視点を通した物との関わりがみられるようになる。すなわち、『三項関係(他者-物-乳児)に基づくやりとりがみられるようになる。たとえば、母親が玩具を振って楽しそうにしている表情を見ることで、『これは面白そうなものだ』と認識できるようになる。つまり、他者(母親)を通して物(玩具)について知ることができるようになる。
 身体的な変化としては、つかまり立ちができるようになる。

・生後10ヶ月:『対象の永続性』の獲得

 乳児の目の前に、注意を引きつける物(対象)を置いてハンカチで隠した場合、ハンカチを取り払ってその対象を取ろうとする。これは、対象が見えなくなっても存在し続けること(対象の永続性)に乳児が気付いたためである。これに対して生後8ヶ月の乳児の場合は、対象がハンカチで覆われた途端に興味を失う。

・生後11ヶ月:因果関係の理解と記憶

 『箱に物を入れて振る』→『音が出る』などの因果的な事象の連鎖を理解し、記憶することができる。なお、この時期では『ウサギの頭に帽子を載せる』→『ウサギに餌を与える』のような因果的でない事象に関しては記憶しておくことができない。

■幼児期(1歳~6歳)

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幼児
 乳児期を超えると、自己中心的ながらも言語と思考の両面で他者の視点の理解が進み始める。

・生後12ヶ月:向社会的行動の発現

 出生時に約400gだった脳は、約800gにまで成長する。身長は約75cm、体重は約9kgとなり、それぞれ出生時の1.5倍、3倍となる。

 この時期になると意志や感情の伝達手段として言葉を用いることができるようになり、泣く回数が減少する。また、“他者の利益のために、外的報酬を期待することなく自発的意図的になされる行動”である『向社会的行動』がみられるようになる。具体的には、苦痛状態にある他者(大人)を見た場合に悲しい表情をするだけでなく、その他者を撫でたり触ったりするような身体接触行動を取るようになる。

 身体面では、親指と人差し指を使って小さなものをつまむことができるようになる。また、一人歩きも可能となる。

・生後12~15ヶ月:共同注意や喃語の変化

 共同注意を基に、指差しによって要求を表現したり、大人の注意を指さしの方向に向けたりするようになる。また、喃語が『一語文(『ママ』など)』に変化する。こうした一語文は1つの単語ではあるものの、文脈に応じて要求や疑問などの意図を表す『文』としての意味を持つ。

・生後15~18ヶ月:独立心や頑固さの発生

少しずつ芽生えてきた独立心や頑固さが自身の感情や言葉の未熟さとぶつかり合う発達段階に達し、それが原因となってかんしゃくを起こすようにもなる。

・生後18ヶ月:他者の好みの理解

 他者が自分と異なるものを求めている場合に、それが分かるようになる。こうした幼児の変化は、以下の実験から確認されている。

 実験では14ヶ月児と18ヶ月児にブロッコリーが入った器とクラッカーの入った器を見せ、それぞれを食べておいしそうな顔と不味そうな顔をしてみせた。その後、幼児に対して実験者がブロッコリーとクラッカーのいずれかを『私にくれる?』と尋ねると、18ヶ月児は自分用にクラッカーを選んだ場合でも、実験者がブロッコリーをおいしそうに食べたときはブロッコリーを渡した。
他者の好みの理解
 これに対して14ヶ月児は、常に実験者にクラッカー(=自分の好み)を渡した。この実験の結果から、18ヶ月児は相手の好みを推測できると結論付けられる。

 また、この時期になると“絵”が何かを表しているに過ぎないことを理解できるようになる。それ以前までとは違って絵に描かれたものを掴もうとすることはなくなり、絵を指してその名前を言ったり、周囲に人に名前を聞いたりするようになる。これに対して生後9ヶ月の乳児の場合は、物が写ったカラー写真を置くと手を伸ばして写真の中に写った物を掴もうとする姿がみられる。

 この時期にみられる他の変化としては、より強い向社会的行動をとる点があげられる。実験者が困った表情を幼児に見せると、幼児は心配そうな顔をして実験者を見たり、自分のおもちゃを持っていったりするようになる。また、もしもそうした働きかけが失敗に終わった場合、他の方法で働きかけるといった計画的な行動も取るようになる。

・生後20ヶ月:統計や確率に基づく推測の発達

 統計と確率を基に、人の好みを推測することができるようになる。このことは、以下の実験によって確認されている。

 カエルのおもちゃとアヒルのおもちゃがたくさん入った箱を2つ(カエルとアヒルの比率が4:1の箱と、1:4の箱)用意して、実験者が箱から5個のおもちゃを取り出した後、テーブルの上のおもちゃの中からどれか1つを実験者に渡すよう幼児に頼んだ。カエルのおもちゃが多く入った箱からカエルをたくさん取り出した場合は幼児が選ぶおもちゃに特定の傾向は見られなかったが、カエルのおもちゃが多く入った箱からアヒルばかりを取り出した場合は、幼児はアヒルを選んで実験者に渡した。
統計と確率からの推測
 この結果から、幼児は『実験者が確率的に低いアヒルを選んだのは、アヒルが好きだったから』と判断したと推測される。

・生後24ヶ月:二語文の習得

 使用できる語彙が増加し、300前後の語彙を使えるようになる。発語に関しては、『ママ、取って』のように2語の組み合わせが可能となる。(二語文)
また、この時期になると鏡に映った自己を認識できるようになる。

・生後24~36ヶ月:自我の芽生えと向社会的行動の拡大

 自我が芽生え始める。さまざまな事柄を『自分でやりたい』と主張するようになり、親に反抗するよう姿もみられるようになる。
 向社会的行動がより頻繁に、巧みになる。他者がなぜ苦痛を感じているのかの原因を理解し、他者が望む方法でなぐさめようとするようになる。また、他者をなぐさめるためにおもちゃをあげる場合は、自分の好きなおもちゃよりも相手の好きなおもちゃを渡した方が効果的だと理解できるようになる。

・生後1~3年:神経細胞の過密化

 生後3年で、脳の重さが約1,000gになる。
 生後1~3年にかけては、脳内の神経細胞どうしの繋がりが過剰なものとなっているため、乳児・幼児はひとつの情報の入力に対して必要以上の出力を行うことになる。たとえば、指を一本だけを動かすという情報(指令)を指に送っても、神経細胞どうしが過密に繋がっているために他の指も同時に動く場合がある。こうした理由から、乳児・幼児は細かな動きができず、常に大雑把な動きしかできない状態となる。ジャンケンでチョキができないことなどはこの例の一つである。なお、神経細胞の繋ぎ目であるシナプスの数は生後1~3年前後まで増加の傾向にあるが、その後は過剰に生産されたシナプスのうち不要なものが削除されていくことから減少の傾向をみせる。こうした変化は、事前にシナプスを過剰に形成した後に必要に応じて減少させていく方式をとることで周囲の状況に敏感に対応できることから生じている。

 ヒトの脳にある神経細胞は、1,000億個以上といわれている。この数は、成人でも乳児でも同様である。それにもかかわらず乳児が成人と同様の行動ができないのは、神経発達が未熟なためである。
 神経発達は、主に二つに大別することができる。ひとつは、神経細胞が情報を伝える際に用いる軸索が脂肪の鞘(=髄鞘)で覆われる髄鞘化によって機能を発揮する変化を指す。もうひとつは、神経細胞どうしが情報を受け渡しするために不可欠なシナプスが形成されていく変化を指す。
 生後3年までには、ヒトの基本的動作に関する部位の髄鞘化が完成する。そして3歳以降になると、長期記憶に関連する大脳の前頭連合野や前頂連合野、側頭連合野などの髄鞘化が進む。一般的に3歳以前の記憶がないのはこうした理由からである。

・生後3年(1):象徴的思考の発達

三歳児
 『象徴的思考』の発達により、ミニチュアの部屋と実物の部屋の関係が理解できるようになる。このことは、以下の実験によって確認されている。

 ある部屋のミニチュアをつくり、犬のぬいぐるみをミニチュアの部屋の中に隠すところを幼児に見せる。そして幼児に『大きな部屋の同じところに大きな犬が隠れている』と伝え、犬のぬいぐるみを探すよう指示する。
ミニチュア
 2歳半児の場合、実物の部屋で大きな犬のぬいぐるみを探そうとしたが、ミニチュアの部屋の中でどこに犬のぬいぐるみがあったかを覚えていたにも関わらず、実物の部屋の中でどこを探せばよいかが判断できなかった。これに対して3歳児の場合、ミニチュアのソファの後にミニチュアの犬のぬいぐるみがあるのを見ると実物の部屋に入るなりソファの後ろを探した。
 このことから、2歳半児はミニチュア模型から得た情報を実物の部屋に当てはめることができないが、3歳児になると模型と実際の部屋の関係を理解できるようになることが分かる。

・生後3年(2):因果関係の理解

 単純な因果関係が理解できるようになる。これは、次のような実験の結果から結論付けられる。
 左右のそれぞれにビー玉を入れる入口があり、中央におもちゃの出口がある仕掛けをつくる。そして、幼児に『左の入り口からビー玉を入れる』→『中央の出口からおもちゃが飛び出す』→『右の入り口からビー玉を入れる』という一連の流れを見せる。その後、幼児にビー玉を渡して『おもちゃが飛び出しように入れてみて』と伝えると、75%の幼児が左の入り口からビー玉を入れた。
 この結果から、生後3年ほどになると結果と原因の因果関係を推論することができるようになることがわかる。

・生後3年(3):行動面における自己概念の形成

 『私は毎日、ご飯を食べる』『私は早く走ることができる』のような、『○○する』『○○ができる』といった行動面での自己概念が形成され始める。

・生後4年:神経伝達物質に関する変化

 この時期になると、脳内では主に二つの大きな変化が生じ始める。ひとつは神経伝達物質に対する反応の変化であり、もうひとつは神経伝達物質の変化である。
 神経細胞は、神経伝達物質として『GABA(γアミノ酪酸)』を分泌する。これに対して、GABAを受け取った他の神経細胞は電気信号を発生する。この活動が繰り返されることで、発生する電気信号が抑えられるようになる。そして、電気信号が抑えられることによって神経細胞の活動も抑えられ、必要以上に情報が拡散することが防がれるようになる。こうした現象は、神経細胞内にある“塩化物イオンを細胞外に送り出す役割を果たすたんぱく質”である『KCC2』が成長とともに増加することによって生じる。すなわち、KCC2が増加することによって神経細胞内の塩化物イオンが減少し、その結果、神経細胞内のイオンバランスが変化し、GABAを受け取った際の反応が変化することになる。

 もうひとつの変化は、神経細胞の発達にともなった伝達物質であるGABAが『グリシン』へと切り替わる変化である。グリシンはGABAと比較して効果が短いため、反応時間をより細かく制御することが可能となる。すなわち、神経伝達物質としてグリシンが用いられることによって脳内のネットワークが活動するタイミングの精度が増すことになる。
 こうした変化を経て不要な神経細胞の繋がりが解消され、ひとつの情報(入力)に対してひとつの出力が可能となる。

 思考面では、他者が自分の心と異なる独自の心の世界を持つことを理解するようになる。これにより、対人的なやりとりも複雑になっていく。また、他者の心理的理解が可能になり、遊びを中心とした友達との関わり合いを通じて、道徳性や社会性を学んでいくようになる。

・生後4年(1):生物現象と物理現象の区別と理解

 生物現象と物理現象を区別し、それぞれの性質を理解できるようになる。たとえば、植物を含む生物全般は、時間の経過にともなって固有性を保持しつつも成長という変化を遂げていくことを理解できるようになる。また、テーブルやイスのような物理的事物にはこうした変化がないことも理解できるようになる。
 体の再生に関しても生物固有の現象であることを理解し、動植物は軽度の傷であれば自然と新しい組織をつくりだし、時間が経過することで傷を治癒することを理解できるようになる。これに対して、テーブルやイスは修理のような人為的介入がない限りは時間が経過しても治癒・回復・再生することがないということも理解できるようになる。

・生後4年(2):強い知覚依存性

 4歳頃までは、外界の知覚的(=視覚や感覚的)側面に注意を払い過ぎる傾向がみられる。このことは、次の実験から確認されている。

 同じ数のおはじきをA列、B列の2列に並べ、幼児に見せる。両列のおはじきの数が同じであることを幼児に確認させた後、幼児の目の前でA列のおはじきの間隔を広げる。
おはじき
 このとき、A列はB列よりも長くなるが、おはじきの数に変化はない。しかし、4歳頃までの幼児はA列のおはじきが多くなったと答えやすい。これは、列の長さという知覚的(=視覚)に顕著な特徴に影響を受けて判断を誤るためである。

・生後4年(3):主観的世界と客観的世界の同一視

 生後4年児の特徴のひとつとして、主観的世界と客観的世界の区別が明確でない点があげられる。この年代の幼児には、『リアリズム(実在論)』や『アニミズム(汎心論)』という特徴がみられる。
 リアリズムとは、主観的世界に属する対象に客観的属性があると考える特徴を指す。たとえば、夢で見た内容や自身の脳内で考えた内容が実際に存在していると考えるといった特徴である。
 これに対して、アニミズムは客観的世界に属する対象に主観的属性があると考える特徴を指す。たとえば、生物以外の“物”も生きており、意思や感情があると考える特徴である。『月が自分(=私)のことを好きで、私を追いかけてくる』と考える行為などが例としてあげられる。

・生後4~5年:周囲の人々への言及

 脳の重さが約1,200g程度となり、成人の80%程度になる。脳は出生後に神経細胞が樹状突起や軸索を伸ばして大きくなることはあっても、原則的に細胞分裂して数を増やすことはない。細胞分裂しないにもかかわらず脳の重量が増加するのは、主に神経細胞を支えたり髄鞘の基となるグリア細胞が分裂して増えるためである。

 認知や思考の面では、『私には弟がいる』『私には友達がたくさんいる』など、自分と周囲の人々の関係に言及することができるようになる。

・生後3~6年:想像力の強化

 実際に(=物理的に)呈示されていない人や物や事象について考えることが可能となる。また、いわゆる『延滞模倣』や『ふり遊び』が言語発達において観察される。
 延滞模倣とは、対象(モデル)の行動を見た後、一定の時間が経過した後におこなう模倣を指す。たとえば、テレビ番組でヒーローの活躍を観た後日にその模倣をおこなう場合がこれにあたる。なお、モデルの行動を見た直後におこなう“即時模倣”とは区別される。

 また、表面的な事柄が変化しても物の本質は変わらないことに気付き始める。たとえば、皮を剥く前のリンゴと皮を剥いた後のリンゴは同じものであることを理解できるようになる。すなわち、同一性の理解が可能となる。さらに、人や物を意味のあるカテゴリーに分類することが可能となり、数えることの原則を理解する。

 他にも、現実と空想(客観と主観)の区別が可能となり、他者が誤った認識を抱くことも理解できるようになるため嘘がつけるようになるといった特徴があらわれる。

■児童期(6歳~12歳)

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児童
 話し言葉だけの世界から書き言葉を含む世界に入ることで、行動範囲が広がる。自己中心性が減少し、単純な論理的思考が可能となる。

 生後4年頃に答えられなかったおはじきの課題では、A列とB列のおはじきが同じと答え、その理由を聞かれた際に『長さを元に戻せば同じになるから』と答えられるようになる。これは、頭の中で事柄の状態を元に戻すこと(=思考の可塑性)が獲得されたことが要因となっている。
 また、異なるカテゴリーや次元の事柄を同時に考えられるようになる。たとえば、4本のチューリップと6本のカーネーションがあったとき、『“花”とカーネーションのどちらが多いか』といった課題に回答できるようになる。

・生後5~7年:他者の心の理解の発達

 社会的規則に従うことが快につながるようになる。また、家族以外の集団に参加するようになる。集団での仲間関係を通じて、他者の心を読む(=他者の意図や欲求・感情を理解する)能力が向上する。
 また、仲間関係が強くなることで『自己効力感』が発達する。自己効力感とは、ある状況や課題に直面した際に、自身がその状況や課題を効果的に処理できるという自信や期待を指す。集団に参加し、仲間関係の中で他者との競争や比較を経験することで、自身の効力(=能力)を知ることになる。

・生後6~8年:独り言の変化

 児童の独り言に変化がみられるようになる。児童の独り言は、10歳以下の場合であれば状況によっては発話の20%~60%を占めることもある。

 児童は、社会の成熟した他者とコミュニケーションを交わすことによって最適な行動を習得し、物事を考えることを学ぶ。
 児童が大人や自分よりも能力の高い仲間の指導がなければ達成できない課題や問題について指導者(=大人や自分よりも能力の高い仲間)から話を聞くと、話の内容を自身の独り言に取り入れ、独力で課題や問題を解決するためにそれを利用しようとする。児童は独り言によって自身の行動を方向付け、新しい技術や能力を習得し、不慣れな状況を乗り切ろうとする。なお、新しい課題や問題に直面した児童は、理解できない問題がどのようなものなのかを声に出す。こうした理由から、児童は独り言を話すようになる。
 こうした独り言を話す際、児童は与えられた状況についての既知の事柄を表す単語や字句を省略する。すなわち、まだ自分が理解できない事柄のみを口にする。そして、その課題や問題を解決するために必要な認知的操作を十分に習得した段階で、児童は言葉を『言う』のではなく『考える』ようになる。こうして、児童の理解力が高まるにつれて独り言は内心での発話として次第に内面化され、減少していく。

 なお、アメリカで行われた実験では自己誘導的な発言(=独り言)を頻繁に行う1年生は、2年生になると算数の成績が上昇したことが確認されている。また、そうした2年生は3年生になると算数をさらに容易に理解したことが確認されている。

・生後9年(1):感受性期の到来

 神経細胞の繋ぎ目であるシナプスは1~3歳にかけて急激に増加した後、減少の傾向をみせる。こうした“神経回路を柔軟に変化させて土台を完成させる時期”は、『感受性期(臨界期)』と呼ばれる。能力や機能によっては、この時期を過ぎると発達しにくくなる。ヒトの場合、9歳頃に多くの能力や機能面で感受性期を迎える。

 なお、ヒトには『前頭前皮質』と呼ばれる特有の脳領域があり、集中・計画・効率的な作業といった役割を司っている。こうした能力は幼年期の長期に渡る学習に基づいて形成され、この領域の形成が完成するまでには20数年かかることもある。幼児や児童は前頭前皮質の制御が不十分であるが、その不十分さには一定の利点がある。
 前頭前皮質は、無意味と判断される考えや行動を抑制する役割を果たす。この点、乳児や幼児、児童は前頭前皮質による抑制がないため、大人と比較して考えや行動の自由度が広く、自由な探索活動が可能となる。
 こうした創造性や探究心、柔軟な学習能力は、大人になるにつれて計画的かつ効率的に行動する能力の獲得と引き換えに失われていく。これは言い換えると、大人になって獲得した迅速な自動処理能力や、余分な神経接続が削除された脳のネットワークがもたらす効率的な行動に役立つ資質は、ときに柔軟性や創造力の発揮の妨げになる場合があることを意味する。

・生後9年(2):『9歳の壁』

 小学校3~4年生以降になると、学校での学習内容が高度化していくために授業についていけない児童が増えていく。教育現場では、これを『9歳の壁』と呼んでいる。国語では高い読解能力と作文能力、算数では分数・小数・比率などの理解などが主な課題となる。また、理科では電気や磁力といった目に見えない抽象的な思考力が必要とされるようになる。こうした学習内容の高度化により、1~2年生では個人差があまり見られなかった学力の差が高学年になると拡大していくことになる。

・生後9~12年:規範や規則の理解

 規範や規則の背景にある意味や意義を理解するようになり、集団的な活動に主体的に関わったり、共同作業をおこなったりするようになる。また、大人が示した規範だけではなく、自分たちで規則をつくり、守ろうとするようになる。なお、その一方で理想主義的に自分の価値判断に固執するような態度もみられるようになる。
 社会的行動としては、クラスの中で特定の仲間たちと閉鎖的な集団をつくるなど、自身の選好による集団を形成するようになる。また、集団の中で自身の意見を持たないまま仲間の言動や行動に同調する姿勢もみられるようになる。さらには、そうした集団どうしで争いが生じる場合もある。

■青年期(13歳~19歳)

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青年
 青年期では、身体的な発育や変化が急激に起こるようになる。知能面では、抽象的思考力や科学的推論の発達がみられるようになる。

・生後13年:思考力の発達と、ホルモンバランスの変化

 抽象的な事柄についても論理的に思考できるようになる。たとえば、実行する前の考察や、事実と異なる可能性についての考察が可能となる。また、複数の可能性を想定し、それぞれの可能性を順序立てて検討するといった秩序だった思考も可能となる。

 思春期になると、感覚などに関わる『頭頂葉』や『側頭葉』では神経回路の再編成が終わる。これに対して、思考や創造性を担い、複雑な認知行動を制御する『前頭前野』の再編成は継続する。思春期の青年が判断力を欠いたり感情的になったりするのは、こうした要因が関連している。

 思春期には休止していた精巣や卵巣の活動が再び始まり、男性ホルモン(アンドロゲン)や女性ホルモン(エストロゲン)などの性ステロイドホルモンが分泌される。これによって体毛の発生や声変わりといった体の性別化が起こるだけでなく、脳にも一定の変化が生じる。脳内で性ステロイドホルモンが作用するのは、主に恐れや怒りなどの情動を司る扁桃体や、自律神経系の交感神経・副交感神経機能を司る視床下部をはじめ、中脳、橋、延髄など、進化の早い段階で獲得されたいわゆる『古い脳』と呼ばれる部分である。この作用によって、性腺(精巣・卵巣)の機能をはじめ、食事量や攻撃性など面で男女の差が生じることになる。
 性ステロイドホルモンは、恐れや怒りなどの情動を司る扁桃体に作用することで青年の攻撃性を高める。また、性ステロイドホルモンが腹内側視床下部に働きかけてグルタミン酸の分泌を増加させることでも攻撃性を高める。なお、こうしたホルモンの影響によって攻撃性が増すのは主に男性であり、女性の場合は性行動や出産に影響を与えることになる。

・生後13~15年:自意識の高まり

 自意識が強まり、自意識と実態との違いに葛藤する姿がみられるようになる。特定の仲間集団での人間関係が重視され、親や教員との関係は希薄になっていくことが多い。仲間集団の中で特有の言語を用いたり、仲間どうしの評価を強く意識するようになる。こうした自意識や仲間意識から、親や教員に対して反抗期を迎えるようになる。

・生後16~19年:性差の意識や、大人との関係の変化

女子高生
 次第に互いの性差を意識するようになる。特定の対象に強い憧れを抱くことや、告白によって友人以上の関係になることもみられるようになる。青年期の恋愛・交際を通じて自己理解を深めることで、不明瞭な自我を補強しようとする姿勢もみられるようになる。

 思考面においては、より高度な思考が可能になる。たとえば、これまで絶対的に捉えていた物事を相対的に捉えることができるようになる。また、自身の思考を他者の思考と相対的に比較することができるようになり、自身の思考の矛盾や誤り、相違に気付くようになり、葛藤するようになる。さらに、その中で見出した矛盾や葛藤を自覚し、解決しようとする姿勢もみられるようになる。青年期においては、周囲の人に対してだけでなく自分に対しても批判的な見解を抱きやすくなる。そして、そうした状態を解決するために矛盾や葛藤に向き合わざるを得なくなる。

 高度な思考が可能となる一方で、“自身の関心”と“他者の思考の対象”との分化ができず、青年期特有の『自己中心性』と呼ばれる思考特徴を有するようになる。自己中心性とは、自身が関心を持つ対象は、他者も同様に関心を持っているものであると認識する性質である。なお、多くの青年にとっての最も強い関心の対象である自身に誰もが注目しているだろうとして、『想像上の観客』をつくり上げる傾向がみられるようになる。

 青年期になると、今という時間が過去と未来と連続性を有するものであるという時間感覚を強く持つようになる。こうした時間的な広がりを伴う思考は、現在の否定性が未来へとつながるものとの認識を抱かせるようになる。たとえば、高校や大学への進学、または就職といった選択が迫られる中で、『自身には何ができるのか』『自身は今後どのようにして生きていくのか』といった、自身の未来に関わる問題を現実的な課題として抱くようになる。すなわち、未来に対する不安と現在の問題とが合わさり、否定的な感情が時間的広がりを伴う人生の問題へと発展していく。

 また、青年と大人の関係は、それまでの“児童と大人”という関係から変化する。青年の思考の発達も伴い、かつて絶対的であった大人の位置は相対化なものとなり、それまで無自覚的に同一化してきた大人の価値観も批判の対象となる。なお、青年期に直面する進路選択や人間関係における課題は、親や教師といった大人の価値観や理念・信念に同一化したままでは解決できないことが多い。そのため、青年期になるとそれまで同一化していた価値観を疑う必要に迫られ、自身の価値観や理念・信念を問い直す必要が生じる。自身が拠り所としていた価値観を変化させることが求められるようになるため、自身がどのような人間であるのかということが不明瞭になることもある。
 こうした課題に取り組む過程で、青年は友人の価値観や理念・信念を参考にして、それまでの価値観や判断基準を否定したり再認識したりすることで新たな価値観を再構築し、親からの自立を果たすことになる。

 青年期には、自身を取り巻くさまざまな様相が変化する。こうした変化に対する不安を共有し合う仲間として、そして成長しつつある自身を映す鏡として、同世代の人間関係は非常に重要となる。青年は人間関係の中で互いに影響し合い、個別の人格を持った青年者どうしで人生観や世界観を共有し合う関係へと移行する。こうして、青年は成人を迎えることになる。

■成人期(20歳~)

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女子大生
 児童期に感受性期を迎えて以降も神経細胞はつながり続け、成人期に入ると脳神経のネットワークが概ね完成する。もっとも、それ以降も学習や経験によって脳神経の新しいネットワークは形成され、脳は成長を続ける。このように脳が生涯に亘って変化する性質は、脳の『可塑性』と呼ばれる。ヒトでいえば高齢の熟練した職人の技術などが、脳の可塑性によって獲得された能力であるといえる。

・生後20年~50年:流動性知能の発揮

OL
 成人から生後50年ほどの間に、ヒトの『流動性知能』はピークを迎える。流動性知能とは、情報の記憶に要する速度や容量に関係する能力であり、学習や経験の影響をあまり受けない、いわば情報を処理するために用いられる知能を指す。また、情報を迅速に理解する能力や、新たな技術や環境に適応する能力でもある。すなわち、新しいことを学習して素早く正確に問題解決をおこなうための能力である。こうした流動性知能が高いほど、新しい物事を学習して環境に適応するが可能となる。
 かつて流動性知能は生後20年頃にピークを迎えるといわれていたが、近年の研究では特定の統計的手法を用いると生後50年頃まで向上するというデータも確認されている。

・~生後60年:結晶性知能の蓄積

 流動性知能が生後20年~50年でピークを迎えるのに対して、『結晶性知能』は生後60年ほどでピークを迎える。結晶性知能とは、これまでの経験や学習によって蓄積・構造化された知識を用いて課題を処理していく能力である。こうした結晶性知能はそれまでの生涯を通して積み重ねられてきた知識や判断力や慣習であり、単なる知識を超えた問題解決に活かせる能力である。場合によっては、生後60年を超えても緩やかな向上がみられる場合もある。
 熟練の職人は多くの経験から“技”を身に付け、最適な方法で問題を処理する能力を有する。これは、学習や経験の蓄積が活かされる結晶性知能の一例といえる。

・生涯を通じて

 ヒトは成人後も人生の中で得たさまざまな経験や知識を脳に蓄えることで、脳内のネットワークをカスタマイズしていく。こうした脳の可塑性は、個人の可能性を広げる。
 生まれた直後は遺伝子によって定まる先天的な能力が個々の能力となるが、脳に可塑性があることにより、ヒトは出生後の学習や訓練によって後天的に能力を高め、先天的な不利を覆していくことが可能となる。こうした脳の可塑性は、生物進化の過程においても有利に作用してきた。生物の歴史を振り返ると、可塑性の高い動物ほど後世に生き残ってきたことが分かる。ヒトを含む霊長類には特に高い可塑性があり、それゆえヒトは生命の歴史の中で進化を遂げ、現在に至っている。

■次の世代へ

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 5億年の歳月を経て進化を遂げたヒトの脳は、受精後38週かけて発達し、世に誕生する。そして、20余年に亘って成長を続けたヒトはいずれ愛を知り、互いを求め、新たな命を生み出していく。
花嫁

◇参考文献
●『生命の誕生と進化の38億年』(ニュートンプレス)
●『脳の進化形態学』(共立出版)
●『脳と心のしくみ』(新星出版社)
●『脳力のしくみ』(ニュートンプレス)
●『心の成長と脳科学』(日経サイエンス)
●『心理学概論』(ナカニシヤ出版)
●『発達と学習』(弘文堂)
●『やさしい発達と学習』(有斐閣アルマ)

◇参考サイト
●理化学研究所 脳科学総合研究センター(http://www.brain.riken.jp/jp/

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