進化によって高い知能を得た人類といえども、その知能によって常に適切な判断を下すことが可能なわけではない。ヒトの判断は周囲の環境や状況によって左右され、それゆえ環境や状況によっては適切な判断を下せなくなる場合もある。
ヒトの適切な判断力を誤らせる要因の一つとして“同調”という現象が挙げられる。“同調”とは、『周囲によって従うことが強制されていないにも関わらず、従ってしまう行動』を意味する。心理学者であるソロモン・アッシュは、ヒトがどのような状況でどれほど“同調”という行動を取るかを確認するべく、以下のような実験を行った。
『同じ長さの棒はどれか』
この実験はスクリーンの左側の領域に『一本の棒(Zcm)』を表示し、右側の領域に『三本の棒(Xcm、Ycm、Zcm)』を表示して行われた。アッシュは左側の領域に表示されている棒(Zcm)と同じ長さの棒を右側の領域に表示されている三本の棒から選ぶように指示した。
それぞれの棒の長さは明確に異なっているため、正常な判断力があれば容易に正解できる問題であった。この実験では一人の被験者につき異なる問題を12問出題し、その回答率を測定した。被験者が1人で回答する場合、12回の質問で一度も誤った回答を行わない被験者は94%だった。
次に、被験者に回答させる前に、7人の“サクラ(=実験の意図・目的を知っている協力者)”に被験者の目の前で正解でない同じ棒を回答させた後に被験者に回答を行わせると、12回の質問で一度も誤った回答を行わなかった被験者は26%となった。回答を『被験者1人』で行った場合と『サラク7人+被験者1人』で行った場合では、サクラ7人が誤った回答を行った際に、被験者の回答の正解率は(問題が同じであっても)低下することが分かっている。
この実験は、サクラの人数を増減させて複数回行われた。その結果、誤った同じ回答をするサクラが3人以上になったときに顕著に“同調”が顕著に生じることが分かった。この実験結果が示すのは、正解が明確に分かる問題であっても、周囲の回答次第では自身の回答を変化させてしまうというものである。なお、サクラが3人以上になった場合に同調率に大きな変化は見られなかった。このことから、誤った回答に同調するか否かの基準は、誤った回答をする者が3人以上か否かにあることがわかる。
同調を生じさせやすい要因
同調に関する様々な実験の結果によると、同調は5歳前後になると見られるようになることが分かっている。これは、5歳以降になると自身と周囲との意見が異なった場合に周囲から来る社会的圧力を感知することができるようになるためである。
なお、どのような人に“同調”が生じる可能性が高いかを調査したところ、性別や年齢、所属、学歴、家庭環境が周囲の人たちと類似しているほど、同調の度合いが高くなることが確認された。例えば、同じ大学の学生がサクラを演じた場合の方が異なる大学の学生がサクラを演じた場合よりも“同調”が生じやすいことが確認されている。また、社会的地位の低い回答者ほど、同調しやすい傾向が見られた。これは、社会的地位の高い人たちに受け入れられたいという願望が原因となっている。もっとも、周囲の回答者(サクラ)の社会的地位が高ければ必ずしも“同調”が生じるわけではなく、それら社会的地位が高い集団に魅力を感じない場合には“同調”が生じないことが確認されている。
一方で、IQや自尊心の高さや低さによる“同調”の偏りは確認されなかった。すなわち、IQが高いから“同調”しやすい・しにくい、もしくは自尊心が高いから“同調”しやすい・しにくいという傾向は見られなかった。
集団心理の危険性と対策
“同調”は、集団心理・群集心理を生み出す。たとえば企業内での誤った意思決定や、公共の場での集団の暴徒化など、非合理な決断と行動がなされる場合も少なくない。常に合理的な判断を下すためには、同調のメカニズムを知っておくだけでなく、同調が生じない環境や条件を整えていくことが重要となる。