コラム

音楽は脳や心にどのような影響を与えるか。
ーストレスを軽減させ、作業効率を高めるBGMの脳科学ー

 ストレス社会といわれる今日において、ストレス対策は急務であるといえる。また、多忙な毎日を無駄なく過ごすためには、作業の効率化も重要となる。

 『ストレス対策』と『作業の効率化』の両方を実現するために活用できる要素のひとつとして、音楽があげられる。“音楽心理学”という学術分野では、音楽がヒトの心理や脳、さらには身体にどのような影響を与えるかについてさまざまな研究がなされている。ここでは、音楽心理学と脳科学の観点から、ストレスを和らげ、日々の作業を快適なものにするために適した音楽についてみていく。

【目次】
1.リズムや音楽がヒトの心身に与える影響を調べた実験
2.なぜ3拍子がヒトの心身に良い影響を与えるのか
・2-1.ヒトが生まれながらに知っているリズム
・2-2.『3拍子』の軽快さと安らぎ
3.『ストレス対策』と『作業の効率化』のために
4.「音楽療法」という分野
・4-1.音楽が身体に与える効果
・4-2.音楽が脳や心に与える影響
5.音楽と脳の発達
・5-1.楽器演奏と、知能や他の能力の関係

1.リズムや音楽がヒトの心身に与える影響を調べた実験


 聖隷クリストファー大学の研究チームは、健常な成人男性を対象に2拍子、3拍子、4拍子の音をランダムに聞かせて各拍子における心拍変動を測定した。その結果、すべての拍子で副交感神経活動(※血圧や心拍数を下げたりする、安静時に働く活動)が平常時と比べて増加した。また、3拍子の聴取によって心拍数が減少したことから、3拍子は他の拍子に比べて副交感神経の活動を促進させる特徴をもち、生体調整に与える効果が大きいことが分かった。

 この実験では、音のテンポ(間隔時間)が生体に与える影響として、1秒より遅いテンポは生体に大きな変化を与えないが、0.8秒より速いテンポは生体に緊張と不快感を与えることが分かっている。そこで、音楽の重要な構成要素のひとつであるリズムが生体に与える影響を2拍子、3拍子、4拍子の聴取時と平常時で比較することで、拍子の違いが自律神経系(=副交感神経と交感神経(※血圧や心拍数を高めたりする、激しい運動時に働く活動))に与える影響を確認する実験も行われた。
 その結果、平均値は3拍子、4拍子、2拍子の順に平常時よりも増加した。すなわち、音の聴取によって副交感神経活動が増加する傾向を示した。一般に、副交感神経と交感神経は拮抗する作用をもつと考えられているが、この研究においても、音の聴取は副交感神経活動を増加させ、交感神経活動を抑制させる機能をもつことが分かった。副交感神経活動の促進はストレス受容後の回復に効果があるという報告から、3拍子の音楽は4拍子の音楽と比較してストレス受容後の回復に対していっそうの効果があると考えられる。

2.なぜ3拍子がヒトの心身に良い影響を与えるのか

 3拍子のリズムは、ヒトの心理・脳、そして身体に良い影響を与える。これには、ヒトの心臓の鼓動が関係していると考えられている。

2-1.ヒトが生まれながらに知っているリズム

 心臓の鼓動は、一般的には2拍子と考えられがちだが実は3拍子である。

 心臓の鼓動のリズムを言語化すると、『ド・ク・ン』でひとつの節になる。すなわち、心臓の鼓動のリズムは『ド・ク・ン』『ド・ク・ン』『ド・ク・ン』である。(一般的にイメージされがちな2拍子の『ドクン・—』『ドクン・—』は誤り)
 心臓の鼓動は3拍子であり、ヒトは生まれる前からこの3拍子を聴いているために、ゆったりとした3拍子の音楽を聴くと心が落ち着くと考えられている。なお、日本では日本語の性質(※母音と子音がひとつの音になり、ひとつの言葉(文字)にひとつのリズムが割り当てられることが多いという性質)上、4拍子の音楽が主流となっている。これに対して、中世のヨーロッパや現在のアフリカ・中南米などでは3拍子の音楽も多くみらえる。

 音楽学者の塚田健一氏は、自身の著書『アフリカの音の世界』にて以下のようなことを書いている。

「太鼓の音は心臓の音だ」アフリカの人々はよくいう。そういえば、アフリカの音楽は三拍がひとまとまりになって聞こえてくる曲が多い。もしそうだとすると、アフリカの人々はいつも心臓の(中略)音など聞いているのだろうか。それはおそらく、狩りのときだろう。森の中で獲物にねらいをさだめて、じっと息を凝らす。まわりは無音の真空状態となって、自分の体内の音だけが浮き上がって聞こえてくる。心臓の鼓動だ。

 これを裏付けるように、ジャズミュージシャンであり大学の准教授でもある坪口昌恭氏は自著『アフリカ音楽分析――ジャズのルーツとしてのポリリズムと音律――』の中で

アフリカン・ポリリズムの特徴として、一見8 分や16分音符の譜割りに感じられるが、実は1 拍を3 連符で分割し裏拍にアクセントがあるようなものが多い。

4分3連、8分3連、8分と、オーソドックスなポリリズムの要素で成り立っている

として、アフリカでは3拍子(3連符)が多いことを研究によって明らかにしている。

 これに対して、日本人にとっては昔から4拍子の音楽になじみがあり、現代になってもその傾向は変わっていない。J-POPのランキングで上位の多くは、4拍子系で占められている。

2-2.『3拍子』の軽快さと安らぎ

 ヒトの身体が左右対称であることを考えると、例えば歩きながら『1、2、3、4』と数えると、手足は“右、左、右、左”となって収まりがよい。これに対して、3拍子であれば“右・左・右”、“左・右・左”となり、拍の出だしで手足が右、左と変化するので躍動感が出る。こうした理由から、ややアップテンポの3拍子は踊りのリズムに適しており、軽快さを感じさせる拍子となっている。3拍子で代表的な曲としては、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ『春の声』があげられる。

 3拍子は体が自然と動き出す踊りのリズムであると同時に、テンポを落とことでと安らぎを与える音楽にもなる。代表的な曲としては、同じくヨハン・シュトラウス2世の作曲した『美しく青きドナウ』がある。

 なお、作曲家のバッハは3拍子で安らぎの雰囲気を作るのが得意だったといわれている。代表曲のひとつが『メヌエット』である。

 日本人になじみのある曲の例では、『ふるさと』や、童謡の『ぞうさん』などがあげられる。

3.『ストレス対策』と『作業の効率化』のために

 ヒトの心臓の鼓動が3拍子であるため、3拍子は安らぎを感じさせるリズムとなる。また、テンポを速めることで軽快さ感じさせることもできる。それゆえ、ストレスを和らげるという目的や、作業効率を高めるという目的であれば、3拍子の音楽が適している。
 優雅に時を過ごしてストレスを解消するのであれば、オーケストラで軽快に演奏されるヨハン・シュトラウスの『春の声』や『美しく青きドナウ』が、そして静かな環境でのんびりかつ集中して作業に取り組むのであれば、ややスローテンポで音色の数も控えめなバッハの『メヌエット』がおすすめといえる。

 音楽心理学や脳科学の観点から、音楽がヒトの心や身体にどのような影響を与えるのかが解明されつつある。ヒトの健全な生活の実現のために、音楽はもはや不可欠な要素であるといっても過言ではない。

4.「音楽療法」という分野


 しばしば、芸術(アート)と科学(サイエンス)は対立する存在と考えられてきた。しかし近年、補完代替医療のひとつとして音楽療法が注目を集めている。音楽療法の定義は、日本音楽療法学会によれば「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」とされている。
 音楽療法が包括する領域は広く、主な目的は「ストレス・ケア」「ホメオスタシスの回復」「自然治癒力の促進」「疼痛緩和」「教育効果の援助」「情緒・精神の安定」などにある。

 この分野に関して先進的な状況にあるのは米国で、小児科、老人科、精神科・心療内科、神経内科、外科などの分野で用いられている。米国では認定音楽療法士が小児に関わる事例が多く、発達障害、行動障害、情緒障害、自閉症などが対象疾患となる。かつては戦争の際に軍隊における士気の高揚や傷病兵の慰問に用いられ、効果が見出されてきた歴史もある。現在では民間の医療保険が導入されており、医療分野に浸透している。

4-1.音楽が身体に与える効果

 音楽が心身に与える影響・効果に関しては、多くの研究成果が報告されている。高齢者における音楽療法の効果としては、毎日25分間、4週間にわたって音楽を聴いた結果、収縮期血圧に有意な下降がみられた。また、アルツハイマー病患者が快活なBGM音楽を聴くと、好ましい動作が増加し、好ましくない動作(興奮など)が減少した。

 認知症に関しては、音楽療法が不安の改善に一定の効果がある結果が得られている。MCI(軽度認知障害)に関しては楽器演奏によって認知機能の改善が見られ、認知症の危険度を低下させることが示されている。

 脳梗塞を対象としたケースでは、発症後にみられた高血圧において血圧降下剤の1年以上の投与でも効果がみられずに服用を中止していた。その後、オルゴール療法を開始することで血圧の低下、感覚障害、疼痛の改善があった。こうした結果を受け、現在では脳梗塞の後遺症にオルゴール療法の一定の効果が認められている。

 また、アルツハイマー型老年痴呆や、脳血管障害後遺症患者、パーキンソン病患者を対象とした研究では、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の変化についてもデータがある。NK細胞の生体内作用については、腫瘍細胞に対する傷害活性をはじめ、造血機能の調整やウイルス感染の制御など多くの領域に関与していることが報告されている。
 実験によると、NK細胞活性は音楽療法の1時間後に上昇がみられた。NK細胞と運動の関与については多くの報告があり、NK細胞の活性および量のいずれにも効果があるとされている。

4-2.音楽が脳や心に与える影響


 音楽が影響を与える対象は、身体だけではない。脳や心にも影響を与える。音を聴覚的に認識し、ハーモニー、音韻、旋律などの音楽を認知することで、前頭前野が活動する。創造力や集中力が高まり、静かな想像力をともなうリラックス状態が生まれる。

 専門的な音楽訓練によって高度な技能や高い認知能力が養われた場合は、脳に形態的・機能的な変化が引き起こされる。音楽家の脳では、運動・聴覚・視覚・小脳の灰白質の容積が増大している傾向にある。音楽はホルモン系や自律神経系にポジティブな効果を及ぼすだけでなく、認知機能全般や情動・気分状態にも変化をおよぼす。
 音楽によって起きる脳内変化には、個人の音楽の好み、専門とする楽器(ピアノ・ヴァイオリン)の音、種類(クラシック、ロック)、引き起こされる感情、なじみがあるか、新規なものか、退屈しないか、感動的かなど個人の趣向の差が影響する。

 音楽は、感情誘導効果や覚醒水準調整効果をもたらすことが多くの実験によって確かめられている。覚醒水準調整効果とは、音楽聴取によって脳や自律神経の覚醒水準が高いときはそれを下げ、低いときは上げるといった働きを指す。

 一般的に、健常人の安静閉眼時の脳波は後頭部を中心にα波の成分が優位になるが、リラクゼーションが得られると、α波パワーの増大と徐波化がみられる。オルゴール音を使用したリラクゼーション時には、αパワーの増大と徐波化がみられ、他の周波数帯域(特にβ帯域)も増大した。報告によれば、高周波の有無がα波の出現に影響を与え、高周波を含んでいる音のほうが耳あたりがよく、脳の血流も後頭葉で増加するという。

5.音楽と脳の発達


 研究によると、ピアニストやヴァイオリニストなどの演奏者の脳は、通常の人に比べて左側の上側頭回の後方3分の2が異常に大きく発達していることが分かっている。また、下頭頂小葉が特に左半球側で大きく発達している。左上側頭回は聴覚野、聴覚連合野、ウェルニッケ領域を含んでおり、それらが肥大化していていることは音楽家として優れた聴覚能力を持っていることを示唆する。なお、こうした脳にみられる音楽家の特徴は、訓練の結果として後天的に形成されたものと結論づけられている。

5-1.楽器演奏と、知能や他の能力の関係

 楽器演奏を学ぶことが、他の身体・認知能力に好影響を与えるのか。音楽家の脳の解剖学的特徴は、数学者や物理学者などにも見出せることが分かっている。数理的な面で能力を発揮する者が、同時に優れた音楽家であったり演奏家であったりする例は少なくない。後者は言語能力と密接に関わる点であり、演奏家のなかには多国語を流暢に操る者も多い。

 4歳から6歳までの幼児64名を対象に音楽聴取訓練が他の認知能力に与える影響を調べた実験では、20日の訓練期間で32名の言語能力が向上した。具体的には、語彙が豊富になり、意味を答えられる単語の数が増えた。ただし、知能テストや空間認知テストでは差がみられなかった。
 言語能力の向上に関しては、他の研究者からも同様の報告がなされている。楽器演奏を習っている場合、言語的記憶力が高くなる傾向がある。もっとも、視覚的記憶力にはそのような効果はみられていない。

 音楽を学ぶと知能が高まるか。音楽的訓練を受けた者が知能とその他の高次の認知能力(注意力・記憶力など)の分野で優れているかを調べた研究では、知能テストと音楽的訓練の有無との間には相関関係がみられたが、高次認知能力との間に関連は見いだされなかった。この結果から考えられるのは、音楽的訓練が知能発達に良い影響を与えたというよりも、知能の高い子どものほうが音楽的訓練を受ける機会が多い可能性があるという点である。(ただし、この見解に関しては異論もある。)
(適時更新予定)

外部リンク



関連書籍

◇参考サイト・参考文献
音の拍子の違いがヒトの自律神経活動および心拍数に与える影響
音楽の拍子の違いが精神的ストレスからの回復に与える効果の比較
アフリカ音楽分析――ジャズのルーツとしてのポリリズムと音律――
音楽療法の現状
音楽認知におけるγ活動の意義ー意識・認知との関連からー
音楽を聴くということの心理的意味を考える
楽器演奏・音楽療法の認知症予防効果に関する文献レビュー~効果量に着目
心と体を動かす音楽の力~音楽療法における活動を通して~
オルゴール音の効果を脳波でみると
音楽療法によるナチュラルキラー細胞活性及び細胞数の変化
音楽する脳

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