「なぜ偉人は自殺するのか」
特に芸術家やアーティストと呼ばれる人たちに、そのような訃報が多い印象を持たれることも少なくない。たとえば、日本国内での有名な事例としては「作家」というカテゴリーだけでも芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫、川端康成などが挙げられ、海外では同じく作家のアーネスト・ヘミングウェイや、画家のフィンセント・ファン・ゴッホなどのケースも印象深い。
「自殺」と聞くと“意志が弱いから”との指摘が挙がることもあるが、ヒトの生存本能に抗ってまで自らの命を絶つには、その点における意志の強さが必要であることはあまり知られていないといえる。
創造性と精神病の関係
歴史上の偉人の逸話には、しばしば精神的な病気を患っているかのような場面が登場する。こうした創造性の高さと精神の不調さとの関係は、今日に限らず、今から2000年以上も昔である古代ギリシャ時代から注目されてきた。たとえば、ギリシャの哲学者であるアリストテレス(紀元前384年~紀元前322年)は、こうした点に既に着目していたことで知られている。
1900年代になると、創造的な偉業を成し遂げた歴史上の偉人の精神病歴の統計を調査する研究も行われるようになった。また、1980年代にはアメリカの脳神経科学者であるナンシー・アンドリアセンによって、創造性のある人物とそうでない人物を集団で比較した研究が行われた。この研究では、作家30名と一般人30名を対象に比較がなされた。
この比較研究では、一般人のグループで双極性障害(躁うつ病)を抱える割合が10%だったのに対して、作家グループでは43%に障害がみられた。
全体的な傾向として、作家のグループのほうが一般人のグループよりも精神疾患の傾向が高いことが分かる。(上記の「各種双極性障害」は双極性障害1型と双極性障害2型を含み、「各種気分障害」は双極性障害1型、双極性障害2型、単極性うつ病を含んでいる。)
P(有意性)の数値および「n.s.」は、統計上の傾向がみられるかを示している。数値が小さいほど「傾向がある」と判断され、傾向がみられない場合は「n.s.」となる。すなわち、上記の結果は各種気分障害が作家と一般人の間で最も強く見られる傾向(差)であることを示している。
なぜ作家が一般人と異なり、精神疾患を患いやすいかについては厳密に解明されているわけではない。しかし、上述したようにヒトが生存本能に抗ってまで自らの命を絶つには一種の意志の強さが必要であることを考えると、ひとつの可能性が考えられる。
人の意思決定を司る脳の前頭前野は、文章を読むときや“手書きで書くとき”に活性化することが分かっている。そう考えると、一般人よりも文章の読み書きの機会が多く、それゆえ一般人よりも発達した前頭前野が“特殊な意思決定”を促す可能性は否定できない。とはいえ、後述するように現時点では作家と一般人の間で自殺に関する傾向の違いは確認できていない。
創造性と自殺の関係
上記の研究結果をみると、作家グループには自殺が2例みられ、一般人ではみられていない。しかし統計上の有意性を考えると、作家と一般人の自殺の傾向に違いはみられないと結論づけられる。
確かに上記の研究結果のみをもって「作家と一般人との間に、自殺の傾向の違いはない」と断定することができないが、統計上は傾向に違いがみられていないという結果は押さえておくポイントといえる。
傾向が明確になっていないにもかかわらず、それでも作家をはじめ、偉人と呼ばれる人たちの訃報が多くの人の記憶や印象に強く残るのは何故か。
これは、認知バイアスのが原因となっていると考えられる。認知バイアスとは、いわばヒトによる「思い込み」や「決めつけ」、「勘違い」、「誤解」である。
すなわち、訃報がセンセーショナル(過激)に報じられることで、偉人や有名人、または特定の職業や技能を持つ人“だけ”が群を抜いて特定の傾向をみせていると錯覚するケースである。自殺者の数は日本国内だけでも過去40年間にわたって毎年2万人~3万5千人の間を推移しており、毎日50名~100名近くが亡くなっている計算となる。
その中で数年(もしくは数ヶ月)に一度の訃報を耳にすることで、さも「頻繁に起きている」ように錯覚する。「有名人」であればニュースなどで報道されるが、有名人ではない「一般人」であれば、毎日50名~100名が亡くなっても報道はされない。こうした受け取る情報量の違いから、さも有名人(それは多くの場合、何かに秀でた人々)の場合に、聞き手の記憶に強く残り、「創造性や特殊な技能がある人ほど自殺しやすい」と認識(誤認)するようになると考えられる。
【参考文献】
・現代精神医学事典
・Newton 脳力のしくみ