世界には、さまざまな差別が存在している。その規模に違いはあれど、差別は社会に蔓延している。たとえば、「女性差別」「障害者差別」「被差別部落差別」「黒人差別」など、多岐に渡る。
日本で生活する限りでは、もしかすると強い差別を実感する人は少ないかもしれない。しかしデータでみると、差別の種類によっては先進各国よりも大いに遅れていることが分かる。女性差別についてみると、世界経済フォーラム(WEF)が2019年12月17日に発表した世界各国の男女平等の度合いのランキングである「ジェンダー・ギャップ指数」は、調査対象153ヶ国のうち、日本は121位である。近隣諸国と比較すると、韓国の108位、中国の106位、アメリカは53位と大きく離されている。なお、日本よりも遥かに順位の高いアメリカでさえ、アメリカの代表的な株価指数である「S&P500」の構成企業で女性のCEOの割合は5.6%、女性の取締役の割合は21%にとどまっている。
【目次】
1.脳はどうやって差別意識を獲得するのか
2.過去の差別が、現在の差別を生み出す
3.生命に関わる黒人差別。その歴史と現状
4.脳に刻まれる記憶
5.解決策はあるのか
1.脳はどうやって差別意識を獲得するのか
差別の根底にあるのは、「自己肯定感」である。昨今の流行りの言葉でいえば、「マウンティング」がそれに近い。ヒトは、他者よりも優れていたいと考える生き物である。社会心理学の言葉を借りれば、ヒトは味方を「内集団」、それ以外の敵を「外集団」と区別する生き物である。この排他性と、他の集団に対して優位にありたいと考える心理が、差別意識を生み出すことになる。
(関連記事:「他者への“優位性”がヒトの人格を歪める。「パワハラ」がうまれるメカニズム」)
2.過去の差別が、現在の差別を生み出す
差別を根絶するために、今日ではさまざまな教育が行われている。しかし、どれだけ差別撤廃のための教育がなされていても、世界の差別は根絶されていない。この根底には、「差別を無くすために過去の差別を学ぶことで、かえって差別意識が生まれる」という矛盾にも似た特性がある。
カナダにあるウィルフリッド・ローリエ大学のイヴォナ・ヒデグ准教授とアン・ウィルソン教授は、実験を通じてこのことを確認している。
実験では、学生たちに20世紀初頭の人々の暮らしを説明した短い文章を読ませた。その際、半数の学生には女性に対する過去の差別を説明した文章を読ませた。主な内容は、当時の女性は選挙の投票権を持たず、財産所有権も認められていなかったというものである。
もう半数の学生には、女性の差別とは無関係な文章を読ませた。主な内容は、コンピューターやスマートフォンが登場する前の生活に関するものである。
学生たちにこれらの文章を読ませた後、昨今のジェンダー差別についての学生たちの意見や考え方を調べた。その結果、女性差別に関する文章を読んだ男子学生は、他の内容の文章を読んだ男子学生に比べて、現代社会で女性差別が存在することを否定し、雇用機会均等制度を支持しなかった。この実験結果が示すのは、過去の差別を学ぶことで、結果的に差別意識が生じうるということである。
この実験は、学生だけでなく社会人経験がある男女(平均勤続年数14年)を対象としても行なわれた。その結果、学生と同様に、過去の女性差別を学んだグループの男性は、現在も女性差別が存在することを否定する傾向があった。
3.生命に関わる黒人差別。その歴史と現状
さまざまな差別の中で、特に生命に直結するものが、黒人差別である。黒人差別の歴史は古く、その起源は400年以上前にさかのぼる。
1500年代、スペインが南アメリカ大陸に押し寄せた際、同じくして伝染病も持ち込んだ。免疫のなかった先住民が抗う術なく、1,000万人いた人口は100万人まで減少した。
植民地となった南アメリカ大陸では労働力が必要とされ、減少した人口の埋め合わせとして、アフリカから黒人奴隷が導入された。これが、黒人差別の始まりである。
1600年頃になると、オランダ・イギリスも台頭し、スペイン以外のヨーロッパの国々がアメリカ大陸に進出し、奴隷制の農園を営むようになった。また、ポルトガルによるアフリカ西海岸の探検と、スペインによる西回りの航路の開拓を経て、新しい大西洋ルートの奴隷貿易も始まった。これにより、アフリカの西海岸で購入された黒人奴隷が、ヨーロッパ諸国によって南北アメリカ大陸に奴隷船で大量に運ばれるようになった。
当時、スペインとイギリスとの間で交わされた契約書には、「黒人をスペイン領アメリカに輸入する特権をイギリス臣民に与える」と書かれていた。こうして大西洋を渡った黒人奴隷の数は、1900年までに少なくとも1,000万人以上と推定されている。
現代社会においてもなお、「黒人よりも白人が優れている」という認識はなくなっていない。この認識は、現代のアメリカの警察制度にも色濃く残っている。
アメリカの警察活動は、透明性を欠く。これは、警察職員に「限定的免責(Qualified Immunity)」の法理が適用されるためにである。この法理では、特定の場合を除いて賠償責任を負わず、その「特定の場合」は、裁判所の裁量に委ねられている。過去の多くの適用事例から考えると、警察側が有罪判決を受けるケースは極めて少ないといわれている。
警官による黒人差別がクローズアップされたのは、1992年ロドニー・キング事件である。スピード違反をしたキングという男性が、ロサンゼルス市警の警官4人に激しい暴行を加えられた。この様子がビデオに撮影されていたことで、全米のテレビで流された。これによってこの暴行事件は大きな注目を集めたが、警官たちは無罪であった。
白人警官に命を奪われ、その警官が無罪になるというケースは後を絶たない。たとえば、2013年、17歳の黒人の少年トレイボン・マーチンが白人の自警団と口論の末、武器を持っていなかったにも関わらず射殺されるという事件が起こった。射殺した白人は無罪となった。
また、同じく2013年、黒人のエリック・ガーナー(43)が白人警官の取り押さえ時に首を絞められて死亡した。警官は不起訴処分となった。さらに翌年の2014年、18歳の黒人の少年マイケル・ブラウンが白人警官ともみあいになった際に射殺された。発砲した警察官は、不起訴処分であった。同じく2014年、黒人男性が白人警官に押さえつけられ、背後から腕で首を絞められて失神するという事件が起きた。男性は病院に搬送されたものの、心臓発作で死亡した。このときも、警官は不起訴処分であった。
上述した「限定的免責(Qualified Immunity)」の法理がある限り、黒人の被害が無くなる可能性は少ない。
現在、アメリカの各都市では新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、外出する場合は他人との距離を保つ「ソーシャル・ディスタンス」をとるよう指示されている。ニューヨーク市のブルックリン地区では、この指示に反した者が3月17日から5月4日の間に40人逮捕されたが、そのうち35人が黒人だった。残りは4人がヒスパニックで、白人は1人だった。この地域の黒人と白人の比率が「黒人約36%、白人約43%」であることを考えると、黒人の逮捕者が際立って多いことが分かる。
4.脳に刻まれる記憶
なぜここまで黒人に被害が及ぶのか。コロラド大学のジョシュア・コレル博士らによるビデオの射撃ゲームを使った一連の実験が、その答えを示している。
この実験では、「銃を手にした白人男性」「銃を手にした黒人男性」「スマートフォンや缶ジュースなどを持った白人男性」「スマートフォンや缶ジュースなどを持った黒人男性の4パターンをランダムに登場させ、被験者は銃を持ったターゲットを素早く撃つよう指示された。その結果、被験者は銃を持った黒人に対し素早く反応し、撃つ回数が多かった。また、銃を持っていない黒人を誤射したり、銃を持った白人を見逃したりすることも多くみられた。この結果の根底にあるのは、400年以上にわたる黒人差別の記憶である。
5.解決策はあるのか
差別とは、誤った認識によって生じる自己肯定感、またはマウンティングである。かつて、アインシュタインは「常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである」といった。「優・劣」「善・悪」「上・下」の二分論が、ヒトの主観において強者と弱者を分け隔てる。差別意識の出発地点が主観にある以上、是正や根絶は困難といえる。
解決の可能性の片鱗は、上述したイヴォナ・ヒデグ准教授とアン・ウィルソン教授の実験にみることができる。この実験では、過去の差別に関する文章を読ませた後、半数の学生に女性の権利に関する近年の進歩に関して記した文章を読ませた。その結果、追加の文章を読んだ男子学生は、読まなかった男子学生に比べて現時点で差別が存在することを否定しない傾向が強かった。すなわち、差別の存在を認識できた。
この結果がすぐさま差別の解消につながるわけではないが、「差別がある」という認識を持つことは、差別の解消・根絶の必要条件となる。時間はかかるかもしれないが、差別を認識し、差別の非合理性を認識していくことが、差別解消・根絶の第一歩といえる。
【参考文献・参考サイト】
・詳説 世界史研究(山川出版社)
・Harvard Business Review「女性差別の歴史を語ることは男性たちの態度を硬化させる」
・Science Direct「History backfires: Reminders of past injustices against women undermine support for workplace policies promoting women」
・英米刑事法研究会「アメリカ合衆国最高裁判所2010年10月開廷期 刑事関係判例概観(上)」
・BBC News Japan「人種差別と警察暴力 アメリカの原罪がまたしても」
・FRaU「ビリー・アイリッシュも抗議!黒人差別の根深い歴史・燃やされたナイキ」
・日本経済新聞「男女平等指数、日本は過去最低の121位 政治参画遅れ」
・毎日新聞「米の人種差別、なぜ今も? 黒人奴隷以来の歴史 大統領は中南米系敵視」
・YAHOO!JAPANニュース「米国ではなぜ黒人ばかり逮捕されるのか」