コラム

感覚がもたらす誤った選択

人は日々の生活の中で、ときに論理を、そしてときに感覚を基にして判断を下す。もっとも、感覚に基づく判断は、ときに誤った選択を引き起こす。

感覚に引き寄せられる判断

とある平日の昼下がり、小学校の保健室のドアを開けると目の前に白衣を着た、若くて綺麗な女性が首から聴診器を下げて立っていたとする。この女性について、以下の3つの選択肢から最も「当てはまりそうなもの」を選ばなければならないとき、どの選択肢を選ぶか。

【1】この女性は保健医である。
【2】この女性は女流棋士である。
【3】この女性は女流棋士であり、なおかつ保健医でもある。

 もしも、この質問を受けた者がいわゆる素直な人間であれば、おそらくは選択肢【1】「この女性は保健医である」を選ぶ。平日の昼下がりの小学校の保健室に、若くて綺麗な女性の棋士が白衣を着て聴診器を下げている可能性は少ないためである。選択肢【1】を選んだこの考え方は理に適っている。この選択は、与えられた情報から考えられる最も合理的で、なおかつ最も可能性の高い選択肢といえる。しかし、もしもここで選択肢【1】が不正解だと告げられ、残りの二つ選択肢の内のどちらかが正解であると告げられたとき、素直な人はどの選択肢を選ぶだろう。素直な人であれば、おそらくは次のように考える。
「残りの選択肢には、その両方に【女流棋士】が含まれている。つまり、残された判断要素は『保健医であるかどうか』である」と。そして、与えられた情報を整理し、ここが小学校の保健室であり、眼前の女性が白衣を着て聴診器を下げているという状況から合理的に判断し、「こんなにも若くて綺麗な女流棋士がいるのか」と驚きながらも選択肢【3】『この女性は保健医であり、なおかつ女流棋士でもある』という選択肢を選ぶ。

このような問題において、“最も当てはまりそうな”選択肢を選ぶ場合、「確率(=可能性)」を手がかりとして考えることが最も正解に近づくことになる。そして、確率を手がかりに考えるのであれば、選択肢【2】『女流棋士』と、【3】『女流棋士かつ保健医』とでは、【3】『女流棋士かつ保健医』を選ぶのは誤りとなる。なぜなら、『女流棋士である』確率と、『女流棋士であり、“なおかつ”保健医である』確率とでは、後者が前者よりも高くなることはないためである。これは、ある人が『成人である』確率と、『成人であり“なおかつ”女性である』確率とを比較すると理解できる。『成人である確率』の場合、男性も女性も含まれるため、『成人であり女性でもある確率』よりも確率は高くなる。これと同様に、棋士である確率は、棋士かつ保健医である確率よりも高くなる。それゆえ、選択肢【3】『この女性は保健医であり、なおかつ女流棋士でもある』を選ぶのは誤りとなる。
この問いと回答では、「保健室なのだから棋士である確率よりも保険医である確率よりも高いに“決まっている”」という思い込み(感覚)に基づく判断が、数学で証明できる正しさと異なる判断を下させていることを示している。

サイコロ問題

人の“感覚に基づく判断”がときに誤った選択をとらせることについては、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者のダニエル・カーネマンとトヴェルスキーが行った以下の実験からも分かる。

 【サイコロ問題】(改題※)
4面が〇、2面が×のサイコロ【○○○○××】がある。

このサイコロを何回か振った場合に、以下の3つの結果の内、最も生じやすいと思われるものはどれか。
【1】×・〇・×・×・×
【2】〇・×・〇・×・×・×
【3】〇・×・×・×・×・×
(※オリジナルの問題ではサイコロの目は【○・×】ではなく【緑・赤】)

 この問いに対し、大半の被験者は【2】を選択した。これは、サイコロの6面のうち4面が〇であることから、〇が最も多く出た選択肢を選んだことがその原因として考えられる。もっとも、この3つの選択肢のうち、最も生じやすい結果は【1】である。
〇が×よりも出る確率が高い(〇は4/6の確率で生じ、×は2/6の確率で生じる)ことから、選択肢の【2】と【3】では、【2】の方が生じやすいことがわかる。次に、【2】は【1】の先頭に「〇」を付け加えたものであり、それゆえ【2】の結果が生じる確率に4/6を掛けた確率となる。よって、【2】が生じる確率は【1】が生じる確率よりも低くなる。これを数学的に証明すると以下のようになる。

〇が出る確率は4/6であり、×が出る確率は2/6である。これを基に、【1】~【3】がそれぞれ生じる確率を計算すると、

【1】2/6×4/6×2/6×2/6×2/6   =6/729
【2】4/6×2/6×4/6×2/6×2/6×2/6=4/729
【3】4/6×2/6×2/6×2/6×2/6×2/6=2/729

となり、【1】が最も生じやすいことが分かる。

実験の結果を見れば、大半の被験者は「最も高い確率の選択肢」を選んでいない。すなわち、この実験の結果は多くの人が論理的に誤りである選択肢を選んだことを示している。人の思考はときに論理ではなく感覚に基づいて行われ、そして誤った選択を引き起こすが分かる。

進化の過程で身に付けた2つの能力

人類は進化の過程で論理的思考力を身に付け、文化や科学技術を発達させてきた。そしてその一方で、迅速な判断を可能とするために感覚に基づく判断を繰り返してきた。しかし、こうした感覚に基づく判断はときに論理的な正しさとは異なる結論を導くことになる。それゆえ、正しい選択を実現するためには論理に基づく判断と感覚に基づく判断を使い分ける必要がある。

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