ヒトは、本能的に甘みを好む生き物である。生まれたばかりの乳児に「甘味」「苦味」「酸味」をなめさせると、「甘味」の場合にのみ、舌を出して唇をなめるという実験報告がある。
ヒトは甘さを求める生き物だが、「甘いもの、とりわけ砂糖は身体に悪い」という意見も多く耳にする。ここでは、砂糖は脳に良いものか、もしくは悪いものかという点についてみていく。
【目次】
1.砂糖は脳のエネルギー源
2.砂糖の脳科学
3.砂糖が危険と考えられる理由
4.いかにして砂糖と付き合っていくべきか
1.砂糖は脳のエネルギー源
砂糖は、炭水化物の一種であり、有機化合物の総称である。ブドウ糖や果糖、ショ糖、麦芽糖、乳糖、さらには右旋糖やでんぷんなどは、すべて砂糖の種類である。砂糖は菓子類だけでなく、パンやスープ、清涼飲料水や調味料など、非常に多くの食料品に含まれている。
脳は、ヒトの全体重の2%程度の重さを占める器官だが、脳が消費するエネルギーは全エネルギーの約20%を占める。乳幼児の場合は、その割合が50%~60%になる。この数値からも分かるように、脳の正常な働きを維持するためには十分なエネルギー補給が必要となる。
脳のエネルギー源は、主にブドウ糖である。脳に十分な糖分が補給されていなければ、空腹時にイライラしたり思考力が鈍ったりといった症状がみられる。
2.砂糖の脳科学
砂糖を摂取すると、舌にある味蕾(みらい)の一部である甘味受容器が活性化される。これら甘味受容器は脳幹へ信号を送り、そこから前頭葉の多くの部位に分散する。そのひとつが、大脳皮質である。
砂糖が摂取されると、大脳皮質内の信号が脳の報酬系を活性化させる。脳の報酬系は、友人・知人との付き合いによっても活性化され、「もっと関わりたい」という気持ちを生じさせる。こうした報酬系の活性化は、必ずしも良い影響だけではない。過度な活性化は自制心を失わせたり、欲望を抑えられなくすることもある。
報酬系の活性化は、人間関係や甘いものを摂取したときだけでなく、アルコールやニコチンを摂取したときにも生じる。また、ヘロインなどの違法薬物を使用した際にも生じる。アルコールやニコチン、ドラッグなどは脳内のドーパミン(神経伝達物質)を過剰に分泌させ、常に「ハイ」の状態を求めるようになる。すなわち、中毒状態である。
砂糖もまた、ドーパミンを分泌させる物質である。それゆえ砂糖は、「マイルドドラッグ」と呼ばれることもある。ドラッグほど激しい分泌は引き起こさないが、砂糖依存症になると砂糖の摂取を止めたときに禁断症状が現れることもある。乳製品や大豆類などはドーパミンの原料となる成分(チロシンというアミノ酸)を含むが、砂糖のようにドーパミンを過剰に分泌させるわけではない。この点で、砂糖は稀な食材といえる。
3.砂糖が危険と考えられる理由
①ドーパミンの過剰分泌
ヒトが空腹の際にバランスの良い食事を摂取しようと考えると、報酬系でのドーパミンの分泌量が増加する。しかし、たとえバランスの良い食事であっても、毎日のように同じものを摂取し続けた場合、ドーパミンの分泌量が減少し、最終的には分泌されなくなる。
脳は、常に新しい味に対して注意を払う(=興味を持つ)よう進化している。これは、常に多種多様な味を求めることで、結果的に栄養バランスのとれた食事ができるためである。摂取する栄養素の種類を豊富にするためには、食べ慣れたものに対して興味を失い、新しい食べ物に興味が湧くというメカニズムが大きな意味を持つ。ヒトの脳は、このようにして進化を遂げた。しかし、この進化ゆえに問題も生じる。
たとえば、バランスの良い食事を摂取せず、糖分が多い食べ物を摂取するケースを考える。上述したように、糖分が多い食べ物を多く摂取すると脳内ではドーパミンが分泌される。すなわち、その食事で満足する状態が続く。本来であれば同じもの(=偏った栄養素のみ)を摂取することに飽きを感じさせ、新しい(=異なる栄養素を含む)食べ物に興味を持たせるはずの「ドーパミンの減少」が作用しないことで、ヒトは栄養素がない(もしくは偏ったもの)を延々と摂取し続けることになる。この状態が続くと、栄養状態が偏り、健康状態が悪化する。これこそが、「砂糖は脳に悪い」と主張される根拠のひとつである。
②栄養素の不足
「砂糖は脳に悪い」いう主張を裏付けるもうひとつの根拠は、糖質の摂取による体内の栄養素の不足である。
糖質は、体内で消化される際にブドウ糖に変換され、エネルギー源になる。この消化の過程で必要になるのが、ビタミンB群やカルシウムなどの栄養素である。糖分を多く摂取すれば、それだけビタミンB群やカルシウムも必要になり、体内ではこれらの栄養素が不足して身体に悪影響が及ぶ。
具体的な症状としては、ビタミンB1が不足することで「うつ状態」になり、気持ちが不安定になるケースや、体内のミネラルやビタミンが慢性的に不足状態になることで、ブドウ糖がエネルギーに変化しにくくなり、体温が上がらずに冷え性になるケースもある。他にも、慢性的なカルシウム不足による骨粗しょう症や、ビタミンB群の欠乏による疲労感や倦怠感、肩の凝りや貧血などの症状も引き起こされる。
他の悪影響としては、老化を進行させる「糖化」も挙げられる。糖化とは、体内で糖が蓄積された状態である。糖分を過剰に摂取することで余分な糖が体内でタンパク質と結びつき、そのタンパク質が変性して「AGEs」という老化物質を生成する。AGEsは肌や髪、骨など全身に蓄積し、老化を進行させる。AGEsがコラーゲンに蓄積すれば肌の弾力が失われ、肌がたるみ、くすみが生じる。また、AGEsは内臓や骨、髪の毛にも蓄積し、全身の老化を促す。これにより、動脈硬化や骨粗しょう症などさまざまな病気を誘発する危険性がある。
(参考:eo健康「甘いものがやめられない!砂糖依存症」【監修:福本認知脳神経内科 福本 潤】)
4.いかにして砂糖と付き合っていくべきか
砂糖の具体的な摂取量を考える上で、次のふたつの数値が指標となる。ひとつはWHOの数値であり、もうひとつは農林水産省の数値である。
WHO(世界保健機関)では、1日の砂糖摂取量の目安を約25gとしている。一方で、農林水産省の調査によると日本人の年間の砂糖消費量は15.4kgであり、一日に換算すると約42gである。これらの数値から、日本人は目安量の1.68倍もの砂糖を摂取していることが分かる。脳の活性化のために一定の糖分が必要であることは言をまたないが、過剰な摂取には、注意が必要である。
今後、日常生活の中で砂糖と付き合っていく上で大切なのは、さまざまな糖を「砂糖」と一括りにしないことである。たとえば、白砂糖と黒糖は分けて考える必要がある。サトウキビから搾ったばかりの黒糖には、ビタミンやミネラルが含まれている。これに対して、精製された白砂糖は、血中に吸収される際にカルシウム等のミネラルやビタミンB群を消費してブドウ糖になる。それゆえ、白砂糖を摂取するほど体内でミネラルやビタミンが消耗されることになる。
このような「糖による性質の違い」から、上述したように「砂糖」と一括りに考えることは誤りであるといえる。それぞれの糖を区別して、その特徴を踏まえた上でどう付き合うか(何のためにどれだけ摂取するのか)を考えることが重要である。
【参考文献・参考サイト】
・公益財団法人母子健康協会「「子どもの健康とお砂糖」」
・eo健康「甘いものがやめられない!砂糖依存症」
・大日本明治製糖「脳のエネルギー、ブドウ糖」
・農林水産省「平成30砂糖年度における砂糖及び異性化糖の需給見通し」
・社会医療法人製鉄記念八幡病院「意外と摂っている砂糖。「見える化」してみよう」
・伊藤忠製糖株式会社「お砂糖の豆知識」
・新宿ストレスクリニック「砂糖依存症の特徴」
・株式会社ピーエス「「お砂糖は脳のエネルギー」にだまされてはいけない!」
・独立行政法人農畜産業振興機構「砂糖は脳を活性化する」
・上野砂糖株式会社「お砂糖の成分」
・TED-Ed「How sugar affects the brain – Nicole Avena」