脳と心の病

よくわかる精神病・精神障害(精神疾患)

 精神病や精神障害ともよばれる精神の病。一般社会では精神病と精神障害だけでなく、精神疾患なども区別されることなく用いられる傾向にあります。これらは精神医学の分野でも明確な定義があるわけではありませんが、大まかに区別されて用いられる傾向にあります。
 ここでは、そんな精神病・精神障害・精神疾患について、その違いや発症にいたる原因、そして今日にいたるまでの歴史についてみていきます。
 (個別の精神疾患については、『【総覧】脳の病気・心の病気とその症状・原因・治療法』にて説明しています。)

1.精神病・精神障害・精神疾患の違い



 精神医学は、精神を病む患者を診断・治療し、身体および精神の回復を目的とした研究をおこなう学問領域です。主に、『精神病』や『精神障害』、または『精神疾患』とよばれる病状の研究が該当します。
 『精神病』や『精神障害』、または『精神疾患』という文言は一般社会の中では特に区別されることなく用いられる傾向にありますが、精神医学の世界ではこれらはそれぞれ大まかに区別される傾向にあります。

■精神病とは


 一般社会では、精神に関する病を総じて『精神病』と称することが多くなっています。精神医学の世界でも、かつては一般社会と同様に『精神病』と称し、精神医学を『精神病学』とする時代がありました。今日においては、精神に関する病を総称して『精神病』とすることはありませんが、精神障害の中でも特に重度のものに限っては、精神病と称することもあります。
 なお、精神医学に関してまとめられているICD-10(世界保健機関が制定した国際疾病分類の第10版)やDSM-Ⅳ(米国精神医学会から発表される精神疾患の診断・統計マニュアルの第4版)では、精神病という文言は用いないとされています。また、日本で以前に『精神分裂病』と呼ばれていた症状が現在では『統合失調症』と変更されたことから、『精神病』という名称が偏見をもたらしかねないために近年では用いられないようになりつつあります。

■精神障害と精神疾患


 『精神障害』は、原因が不明であるにもかかわらず、精神に関する一定の機能が障害された状態を指します。これに対して『精神疾患』は、原因や病態・症状、もしくは検査所見、経過・予後などによってひとつのまとまった病気とみなすことができる状態を指します。
 アルツハイマー病のように脳の器質性の病気は“精神疾患”という名称が用いられる傾向にありますが、統合失調症のようにひとつのまとまった原因や病態・症状もしくは検査所見、経過・予後が見いだされないものに関しては、“精神障害”という名称が用いられやすい傾向があります。

 なお、専門書によっては精神の病を『神経疾患』と『精神疾患』に大別しているものもあります。この立場では、『神経疾患』は“脳という器官や神経細胞の異常が明らかになっている病気”と定義し、『精神疾患』は“脳や神経に異常が明らかになっていない心の病気”と定義しています。

 これらの分類方法の相違から、精神の病を厳密に表す言葉は未だ明確に定められていないことがわかります。

2.精神疾患の主な原因


 ここでは、精神の病を精神医学の観点から考えるため、『精神疾患』の名称で統一してその原因についてみていきます。
 精神疾患の原因は、主に3つに分類することができます。それぞれ、体質的な素因が原因となる『内因』、身体的な病気が原因となる『外因(身体因)』、心理的な素因が原因となる『心因』です。なお、『外因(身体因)』は、脳器質性、病状性、中毒性に分類することができます。

■内因性の精神疾患


 内因性の精神疾患は、その人が生まれながらに持っている遺伝的な要素や体質から発症する精神疾患です。なお、いわゆる遺伝病とは異なり、必ずしも親から子へと受け継がれるものではなく、“発症しやすい体質”が受け継がれると考えられています。
 内因性の精神疾患の代表的な症状は、『統合失調症』です。意欲の低下や自閉、倦怠感、さらには幻覚や妄想、思考障害などの症状がみられます。

■外因性の精神疾患


 外因性の精神疾患は、脳の病気や外傷など、外部からの原因によって発症する精神疾患です。代表的なのは、脳が器質的に変化することで生じる『器質性精神疾患』です。事件や事故によって脳が損傷した場合に、記憶の喪失や幻覚の体験、性格の変化などがみられるようになります。こうした症状は、事件・事故以外にも脳腫瘍や脳血管性障害、アルツハイマー病などによっても生じます。
 器質性精神疾患以外にも、脳以外の身体の疾患が原因となって脳機能に影響を与えることで生じる『症状性精神疾患』や、アルコール・薬物などが原因となる『中毒性精神疾患』があります。

■心因性の精神疾患


 心因性の精神疾患は、ストレスや不安、葛藤などの心理的な要因から発症する精神疾患です。ストレスや不安などの大きさだけでなく、その人の性格も発症に関係しています。
 心因性の精神疾患の代表的な症状は、『不安障害』です。さまざまな刺激に対して、強い不安や恐怖をいだきます。

 ストレスには、不安や恐怖、嫉妬や劣等感、怒りなどの心理的ストレス以外にも、転勤や引越、離婚などの社会的ストレス、温度や音などの物理的ストレス、細菌やウイルスなどの生物的ストレス、たばこやアルコールなどの化学的ストレスなどがあります。

3.精神疾患の主な治療法



 精神疾患の治療法は、主に『薬物療法』と『精神療法』に分類されます。

■薬物療法


 精神疾患の薬物治療では、脳内の神経伝達物質に作用して症状を抑える『向精神薬』が用いられます。『向精神薬』という言葉は、1548年にはじめて使われたといわれています。

 近代薬学の歴史をみると、1800年代のはじめにアヘン(ケシ)からモルヒネが取り出され、1855年にはコカの葉からコカインが分離されました。しかし、薬物の成分を科学的に合成する作業が可能となったのは、1865年に『ベンゼン環』が発見されて以降です。

 向精神薬の歴史は数百年前にさかのぼるといわれますが、現在の『向精神薬』と呼ばれる薬物が開発されたのは、1950年になってからのことです。
 向精神薬が登場する以前に主流だった『鎮静薬』は、“意識”を抑える麻酔作用によって症状(患者)を鎮静させるものでした。これに対して、向精神薬は決められた量の服用であれば人の意識に影響を及ぼすことはありません。意識に影響を与えることなく感情や思考、意欲などに作用して精神症状を改善させることができるのが、向精神薬の特徴です。

 脳内には神経伝達物質とよばれる化学物質があり、脳内の神経細胞間の情報伝達に関わっています。これらの神経伝達物質の働きが過剰もしくは低下することで、精神疾患が生じることが確認されています。神経伝達物質は、1900年代になってさまざまな種類が発見されています。
 (※以下の(  )内は発見された年。)

・ノルアドレナリン(1946年)
 覚醒力が強く、気分を高揚させる神経伝達物質。血圧の上昇や不安にも関係している。

・GABA(ギャバ)(1950年)
 不安を鎮めたり、睡眠を促したりする神経伝達物質。情動や気分にも関係している。

・セロトニン(1952年)
 脳の覚醒や活動を抑える神経伝達物質。睡眠にも関係している。

・ドーパミン(1957年)
 精神活動を活発にして、快感を与える。

 向精神薬は、上記のような神経伝達物質の働きを阻害したり活性化させたりすることで精神状態を改善させる効果をもちます。主に以下の5種類に大別でき、症状によって使い分けられます。

・抗精神薬病


 精神活動を活発にするドーパミンを受け取る“受容体”に作用することで、ドーパミンの働きを抑えます。統合失調症急性期にみられる妄想や幻覚を抑えるのに効果的です。

・抗不安薬


 ヒトが不安や恐怖が生じるのは、脳内でノルアドレナリンなどの放出量が一時的に増えるためです。そんなノルアドレナリンの放出を抑制する神経伝達物質のひとつが、GABA(ギャバ)です。抗不安薬は、GABAの働きを高めることで不安や恐怖、イライラ、緊張を軽減します。なお、不安から引き起こされる血圧上昇や腹痛、手の震えなどの身体症状にも効果的です。

・抗うつ薬


 脳を覚醒させる効果を持つセロトニンやノルアドレナリンが脳内で回収される(=効果をなくさせる)ことを防ぎ、セロトニンやノルアドレナリンの働きを高めて抑うつを改善します。

・睡眠薬


 GABAの働きを強めることで、脳の興奮を鎮めます。不安を軽減する効果もあります。近年では、体内を安静化させる働きをもつ副交感神経を優位にすることで眠りを促す薬や、脳の覚醒を維持する脳内物質をブロックすることで睡眠効果を発揮する薬も登場しています。

・気分安定薬


 気分が落ち込む“抑うつ状態”と、気分が高揚する “躁状態”を繰り返す『双極性障害』のうち、躁状態の治療に用いられます。異常な気分の高揚を抑える効果があります。
 双極性障害の抑うつ状態では、『気分安定薬』ではない『抗うつ薬』を用いることで躁状態に切り替わったり、躁状態と抑うつ状態を急速に繰り返す状態に陥りやすくなります。したがって、治療の際には気分安定薬を単独で、もしくは抗うつ薬と併用して用いるのが一般的です。なお、気分安定薬が脳内でどのような作用しているのか、なぜ効果が現れるのかについてははっきりとは分かっていません。

 向精神薬は、気分安定薬を除いて一般的に安全性が高く、決められた用量であれば危険性はありません。なお、口の渇きや便秘、不整脈などの副作用がみられやすいという性質があります。
 向精神薬には幻覚や妄想などの症状を抑えたり、不安や恐怖、イライラを和らげる効果があり、抑うつや不眠の改善にも効果的です。もっとも、精神疾患を『完治』させることはできず、症状を“制御”するだけであるという点に注意が必要です。

■精神療法


(近日公開)

4.精神病の歴史


 ここでは、ヒトと精神の病(以下『精神病』)の歴史についてみていきます。

 精神の病は、古来より悪霊や悪魔、または動物などが憑いたことで生じる症状であると考えられていました。そのため、暴力的な悪魔祓い(ばらい)や病者を清めるための痛みをともなう治療がおこなわれていました。

 15世紀初頭、精神病患者の収容施設として世界で初めて癲狂院(てんきょういん)がスペインのヴァレンシアに開設されると、他国も同様に開設しました。しかしこれらの施設では、精神病患者は服従させるべき動物のように扱われていました。15世紀頃のヨーロッパでは魔女狩りが盛んに行われるようになり、その中で多くの精神病患者が処刑されました。
 16世紀になると、医学は急速に進歩しました。しかし、脳や心の健康の研究は身体医学と比較すると後れをとっていました。

 18世紀の終わりが近づいた1789年、フランス革命が勃発。自由・平等・友愛の理想が掲げられた市民革命は、精神病患者に対する考え方に影響を与えました。精神病院で動きを束縛するための鎖や拘束服、または病を振り払うための回転椅子に縛られていた精神病患者は解放され、ようやく人道的な処遇が与えられるようになりました。

 20世紀になると、『患者の話に耳を傾けるだけで精神病者を直す』という考え方がジークムント・フロイトから提唱されました。こうして、精神病の理解は進むようになりました。とはいえ、まだそのすべてが解明されていないというのが現状です。

 かつて、医学の世界では幻覚症状がみられる状態などを漠然と『精神病』として扱ってきましたが、現在では幻覚症状の原因が精神的な疾患にあることから他の精神的な疾患と併せて『精神疾患』として扱われています。すなわち、上述したように『精神病』は今や古い概念であり、現代精神医学ではかつて精神病と呼ばれた症状も含めて、精神の病を総じて『精神疾患(精神障害)』としています。

◇参考文献
●『現代精神医学事典』(弘文堂)
●『精神医学の歴史』(第三文明社)
●『やさしくわかる!精神医学』(ナツメ社)
●『脳と心のしくみ』(新星出版社)
●『ぜんぶわかる脳の事典』(成美堂出版社)

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