コラム

【記憶の脳科学】なぜヒトは覚え、忘れるのか~記憶の仕組み/記憶力を高める方法~

【目次】
1.はじめに
2.「記憶」には3種類ある
3.記憶の仕組み
4.「思い出せない」には2種類ある(記憶の二層構造)
5.脳の構造から考える、効果的な記憶法
6.記憶の蓄積に限界はあるのか

1.はじめに

 学校の期末試験や大学受験、または職場の昇進試験や資格試験の対策として、記憶に興味を抱く人は多いかもしれない。書店に並ぶ書籍やインターネット上で公開されるサイトを見る度に、本当に効果的な記憶法が何なのか不明瞭なまま、結局ふりだしに戻るという経験をした人もいるかもしれない。
 本稿では、記憶力を高める方法を知りたい人に向けて、記憶の仕組みや高める方法について脳科学の観点からみていく。

2.「記憶」には3種類ある

 記憶力を高める上で重要なのは、3つある記憶の種類や特徴を知ることである。後述するように、これら3つの記憶には生物学的・脳科学的な意味がある。それらを知ることで、より効率的な記憶の定着が可能となる。

▼「感覚記憶(感覚情報保存)」

 目や耳、鼻などの感覚器官から常に得ている膨大な情報のうち、特に意識していないために1秒程度で消滅する記憶を指す。

▼「短期記憶」

 15秒~30秒ほどで消滅する記憶。例えば、相手から聞いた住所や名前を紙に書き留めておく間だけなど、短時間だけ覚えておくときに使われる。ワーキングメモリー(作業記憶)ともいう。

▼「長期記憶」

 年単位で(場合によっては一生涯)保持される記憶。自宅の電話番号や自身の名前、生年月日などがこれにあたる。

3.記憶の仕組み

 脳は多くの神経細胞(ニューロン)によって構成されるが、記憶は神経細胞の単位ではなく、複数の神経細胞をつなぐシナプスの単位で行われる。

 脳の仕組みはしばしばコンピューターに例えられるが、実際には脳とコンピューターの仕組みは大きく異なる。コンピューターでは1つ1つの電子回路に情報(意味)があり、そこに蓄積された1つ1つの情報を読み上げることで意味を読み取る。これに対して、脳ではたくさんのシナプスに分散されて記憶する「分散コード方式」が使われている。すなわち、1つ1つのシナプスだけをみても意味は読み取れない。
 1つの神経細胞には約1万のシナプスがあり、いくつものシナプスが同時に活動している。それゆえ、シナプスの全体的な活動の関係性を読み解くことではじめて意味が読み取れる。

 近年、記憶を定着させることに関わる神経細胞の構造が明らかになってきた。神経細胞の樹状突起にあるスパイン(棘)が、重要な役割を果たしていることが分かっている。スパインはシナプスの情報を受け取る側にできた突起であり、繰り返しの学習によって同じ情報を何度もインプットすると、同じスパインに繰り返し情報が送られる。これにより、特定のスパインが大きくなる。
 スパインが大きくなると、信号を効率的に受け取ることができるようになる。小さいスパインのうちはさまざまな要素で自然消滅しやすいが、繰り返し情報が入り、スパインが大きくなると消滅しにくくなる。

▼記憶のカギを握る「海馬」

 数多くある脳の部位の中で、特に記憶に関係しているのが海馬である。短期記憶は海馬と前頭連合野が担い、長期記憶は海馬が中心となって担う。

 海馬から送られてきた記憶の情報は、電気信号として大脳皮質の神経細胞を刺激する。その刺激が強くなるほど多くのシナプスが組み合わせされて伝達効率が増し、特定の電気信号が通りやすい特別な回路ができる。その回路が長時間にわたって持続することで、記憶が保たれる。記憶を引き出すときは、その記憶の回路に電気信号が流れて思い出す。

 海馬の機能が注目を集めたのは、1950年代以降である。
 1953年、重度の癲癇(てんかん)を患っていたヘンリー・グスタフ・マレイソンが、治療のために海馬領域のほとんどを摘出する手術を受けた。手術の終了後、手術を受ける前の出来事やそれまでに得た知識は覚えていたものの、新しいことを記憶することができなくなっていた。もっとも、運転技術のように身体で覚えることに関しては学習することができた。
 このことから、海馬は長期記憶そのものを司る器官ではなく、長期記憶を形成する前段階に必要な器官であることが分かった。

 海馬は多くの記憶を整理し、覚えるべきものとそうでないものを区別し、覚えるべきものと判断した記憶を大脳皮質に送る。こうして送られた情報が、長期記憶となると考えられている。

 海馬のその他の特徴としては、「年齢を重ねても神経細胞が増える」「ストレスに弱い」などが挙げられる。
 海馬は快や不快の感情を作り出す扁桃体とのつながりが強く、ストレスによって海馬の神経細胞は増える力を抑制されてしまう。PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症すると、海馬が小さくなることが分かっている。PTSDと健常者がそれぞれ文章を読み、その直後と一定時間が経過した後で内容を思い出す実験をすると、PTSDの被験者はいずれのケースにおいても結果は乏しかった。

4.「思い出せない」には2種類ある(記憶の二層構造)


 この20年ほどの研究で、アルツハイマー病は少なくとも初期段階においては「記憶が失われた状態」ではなく「脳のどこかにある記憶を引き出せない状態」であることが明確になった。このことは、「思い出せない」という状態が2種類あることを意味する。1つは、「思い出せないけれど、見る(聞く)と思い出す」状態であり、もう1つは「見ても(聞いても)思い出せない(=既視感がなく、初めて見た印象を受ける)」状態である。
 前者は自宅の部屋の天井の模様や浴室のタイルのデザインの記憶などが例として適切かもしれない。いざ自宅(もしくは学校や職場)の天井や壁、床のデザインを思い出そうとしても、思い出せないというケースは少なくない。しかし実際に見て確認すると「ああ、確かにこんな柄だった」と納得する。これはまさに、「脳のどこかにある記憶を引き出せない」状態である。すなわち、「見れば分かるが見ないと分からない(思い出せない)」状態である。

 学生時代に、使い慣れた単語帳や問題集であれば難なく答えが思いつくのに、いざ試験になると全く思いつかなかったという経験をしたことがある人もいるかもしれない。これも、同様の仕組みである。記憶には、「自力で思い出すことができる記憶【顕在記憶】」と「自力では思い出せない記憶(ただし、ヒントがあれば思い出す記憶)【潜在記憶】」の2種類がある。使い慣れた単語帳や問題集は、記憶の想起の手がかりとなって潜在記憶を引き出す要因となる。

 「思い出せない状態」と「記憶」がそれぞれ2種類ずつあることを踏まえてまとめると、以下のようになる。

1.自力で思い出せる状態・記憶(顕在記憶)
2.自力で思い出せない状態・記憶(潜在記憶)
3.そもそも覚えていない状態・記憶(記憶なし)

 記憶力を高めるというのは、3の状態を2に、そして2の状態を1に移行させることを意味する。

5.脳の構造から考える、効果的な記憶法


 脳の構造から考えると、記憶を効率的に蓄積していくために重要となる主な要素は「感情」「興味」「出力」の3つである。

▼記憶力を高める要素①「感情」

 好きや嫌いといった感情を司る扁桃体が作用しているとき、短期記憶から長期記憶への移行に関する海馬の長期増強(LTP)が起きやすくなることが分かっている。すなわち、“イヤイヤ勉強する”ということは記憶の定着を阻害する要因になっていることを意味する。

▼記憶力を高める要素②「興味」

 「教科書の内容は覚えられないのに、好きなアイドルグループのメンバーや曲は覚えられる」
 こうした経験は多くの人にあるかもしれない。これには脳科学・生理学的な要因が関係している。ヒトの脳には、新しいものに出会ったり冒険したりなど、脳が外界に興味を示しているときに脳波が“θ(シータ)波”になる性質がある。

 θ波は、海馬の神経細胞を柔軟にして脳を感受性の高い状態に保つ。一般的に、大人になると物覚えが悪くなるのにはこのθ波が関係している。これを裏付ける、ウサギをつかった実験がある。実験では生後半年のウサギは特定の情報を学習するのに200回の反復が必要だったが、生後2~3年のウサギは800回の反復が必要だった。これはまさに「(ヒトに限らず、)大人になると物覚えが悪くなる」という典型例ともいえる。もっとも、この実験には続きがある。生後2~3年のウサギであっても、θ波が出ているときは生後半年のウサギと同様に200回の反復で学習した。(興味の強さによっては、記憶するための刺激が1/10で済むという実験結果もある。)

 この実験結果が示すのは、年齢を重ねると記憶力が低下すると感じるのは加齢によって記憶能力が低下したからではなく、加齢によって日々の出来事に対して興味を抱かなくなったことが「覚えが悪くなる」原因となるという点である。

▼記憶力を高める要素③「出力」

 ヒトは、忘れる生き物である。「感覚記憶(感覚情報保存)」の説明で述べた通り、情報は見聞きした直後から忘れ去られ、覚えたことの半分以上は30分以内に忘れ去られる。記憶を蓄積・定着させるには、繰り返し海馬を刺激する必要がある。

 情報は、入力よりも出力を繰り返すほうが脳回路へ定着するというデータがある。これを裏付けるのが、ワシントン大学でカーピック博士が行った実験である。

 カーピック博士は、学生を対象にスワヒリ語40個(「adahama=名誉」などの単語のオペア)を5秒ずつ提示し、それを暗記させる実験を行った。実験では学生を以下のように4つのグループに分けた。

【グループ(1)】
・40個を通しで学習させ、その後40個全てについて確認テスト。
・この学習とテストの組み合わせを完璧に覚えるまで何回も繰り返す。

【グループ(2)】
・40個を通しで学習させ、その後40個全てについて確認テスト。
・確認テストで思い出せなかった単語だけを再び学習。
・その後の確認テストは毎回40個全てについて行う。
・テストで満点が取れるまで、この学習とテストを繰り返す。

【グループ(3)】
・40個を通しで学習させ、その後40個全てについて確認テスト。
・テストで思い出せなかった単語があれば、初めから40個全てを学習。
・確認テストは以前に間違えた単語のみ。
・不正解の単語がゼロになるまで学習とテストを繰り返す。

【グループ(4)】
・40個を通しで学習させ、その後40個全てについて確認テスト。
・確認テストで思い出せなかった単語のみを学習し、再確認テストも以前に間違った単語のみ。
・不正解の単語がゼロになるまで学習とテストを繰り返す。

 1週間後の再テストの正解率をみると、大きな差があった。(ちなみに、毎回40個全てに確認テストをする(1)と(2)よりも、以前に間違った単語のみに対して確認テストをする(3)と(4)が早く終了するように思われがちだが、学習の速度は4つのグループで差がなかった。)

 (1)と(2)の場合、約80点と好成績だったのに対して、(3)と(4)は約35点だった。すなわち、毎回40個全てを学習したかどうかは再テストの成績に関係がなかったのに対して、毎回40個全てについて確認テストを行っていたグループのほうが1週間後も2倍以上も単語を覚えていた。これは、テストのときに思い出して書き出すという出力(アウトプット)の作業が記憶の定着に効果があったことを意味している。

 記憶の蓄積は、「頭に入れたとき」ではなく「頭から出したとき」に生じることになる。このことは、先述した「感覚記憶」「短期記憶」「長期記憶」の関係から理解できる。

 目や耳などの感覚器官から脳に取り込まれた情報は1秒ほどで消滅する「感覚記憶」として扱われ、そこからメモをする際に必要な電話番号のように一時的に記憶する必要がある情報は15秒~30秒ほどで消滅する「短期記憶」に変換される。この情報が長期にわたって必要な情報である場合、大脳皮質へと転送されことで数年から一生涯にわたって蓄積する「長期記憶」へ変換される。

 仮に、感覚器官を通じて脳に送られる情報の全てが長期記憶に変換されるのであれば、脳が消費するエネルギーや、記憶に必要な脳細胞が膨大な量になる。一般的に脳が体内で消費する全エネルギーの約25%を消費することを考えると、これ以上のエネルギーの消費は避けなければ生命活動が破綻に近付く。そこで脳は、感覚記憶の中で必要なものがあれば一時的に短期記憶へと変換し、不要なものを15秒~30秒ほどで、長期にわたって必要な情報を長期記憶に移行させることで消費エネルギーを抑えている。

 脳は、感覚器官から常に入り込む膨大な情報の取捨選択をしなければならない。すなわち、どの記憶が不要でどの記憶が必要であるかを選別する必要がある。そこで、記憶として定着させるべき情報を「頭に入った情報」ではなく「頭から出した情報」としている。(「頭に入った情報」の全てを記憶として蓄積するとなると膨大なエネルギーと容量が必要で、短期記憶の本来の役割や意味と矛盾することになる。)

 例えば家から学校や職場に向かうとき、目や耳から膨大な情報が入ってくる。ヒトはその情報の大半を「感覚記憶(1秒程度で消滅する記憶)」として扱い、必要性の高い情報のみを「短期記憶」または「長期記憶」へと変換していく。こう考えると、教科書の情報を目から入力しても、それらに「感情」や「興味」や「出力」が伴わないのであれば、まるで通学・通勤途中に目に入る情報のごとく全くといっていいほど記憶として定着しない情報であることが分かる。

 出力が記憶に効果的であることは、アメリカの国立訓練研究所(National Training Laboratories)の調査でも述べられている。
 国立訓練研究所では、教育の効果(すなわち学習定着率)が指導方法によって異なるとしている。下図のラーニングピラミッドが示すように、講義や読書といった受動的な要素の強い学習方法の場合は知識の定着率は低くなるが、自身の体験や他者への指導(出力)が伴う能動的な要素の強い学習方法の場合は知識の定着率が高くなる傾向がある。

(※ただし個人差があり、科学的根拠に乏しいという意見もある。)

6.記憶の蓄積に限界はあるのか

 近年まで、海馬の記憶蓄積能力は小さいにもかかわらず、脳が記憶を獲得し続ける仕組みは不明だった。しかし2018年の7月に富山大学が発表した研究成果では、ラットを用いた実験によって神経新生がカギとなることが分かっている。

 海馬では、脳の発生が終了した大人においても新しい神経細胞が絶え間なく生産され続けていることがヒトやサル、齧歯(げっし)類を含む多くの動物種で分かっている。発達期には脳の細胞の基になる細胞(神経幹細胞)が多数分裂して数を増やし、神経細胞やグリア細胞に変化する(分化する)。この過程は「神経新生」と呼ばれる。脳が完成した成体でも、海馬では神経幹細胞は存在し、生涯にわたって新しい神経細胞が生産され続けている。実験にて人為的に海馬の神経回路を飽和状態にすると新しい記憶を形成することができなかったが、2週間が経過すると記憶獲得能力は回復した。これはすなわち、記憶量が限界を迎えても、一定期間が過ぎれば記憶量の上限が増加することを意味している。

 なお、神経新生は運動によって促進されることも研究によって分かっている。また、海馬からの情報の転送は睡眠時に行われることも分かっている。転送時には実時間の倍速程度で興奮パターンの早回し再生が起こり、大脳皮質に送っている。(時間を逆転して再生するパターンの生起もあると言われているが、何のために起こっているかよく分かっていない。)

 以上のことから、記憶の定着のためには「感情」「興味」、そして「出力」(および睡眠)が重要であることが分かる。これから期末試験や大学受験、または職場の昇進試験や資格試験が控えているのであれば、学習内容に興味を持ち、書く・話すなどのアウトプットの機会を増やすのが効果的である。

外部リンク




勉強や進学に悩む高校生へ

◆参考文献
・脳と心の仕組み(新星出版社)
・脳の取扱説明書(みらいパブリッシング)
・つながる脳科学(講談社)
・ぜんぶわかる脳の事典(成美堂出版)
・脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす(講談社)

◆参考サイト
富山大学「脳海馬が記憶力を保つ仕組みを世界で初めて解明~記憶力低下の予防に一歩前進~ 」

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