コラム

「孤独」は心と身体にどのような影響を与えるか
~脳科学・心理学の観点からの考察~

 一般的に、「健康」に影響を与える要因を考えるとき、多くの場合は食生活や飲酒量、喫煙や運動量などが注目される。しかし、「孤独」もまた、身体に影響を与える要因のひとつとある。ここでは、「孤独」が食生活や飲酒量、喫煙や運動量と比較して身体にどれほどの影響力を持っているのかという点について、アメリカの医師であるリサ・ランキンの著書「病は心で治す:健康と心をめぐる驚くべき真実」から紹介する。

1.“ロゼート”という村


 リサ・ランキンによると、孤独がヒトの心と身体に与える影響に関して有益な研究データが得られたのは、1961年のアメリカ・ペンシルヴェニア州にある“ロゼート”という村である。この村の“ロゼート”という名は、村人が南イタリアにある“ロゼート・ヴァルフォルトーレ”の移民であることから付けられた。
 この村は、昼間は村人が学校や仕事のためゴーストタウンのようだったが、夕方になると活気づいた。仕事帰りの人々が通りを行き交い、知り合いに出会ってはうわさ話に花を咲かせ、ときには自宅での夕食前に一緒に一杯飲んだりもする。教会の鐘が鳴ると女性たちは共同炊事場へ集まって昔ながらの料理を作り、男性たちはパスタやソーセージやミートボールやワインがふるまわれる毎夜の食卓への期待を胸に、テーブルを寄せ集める。
 ロゼート村に住んでいるのはイタリアからの移民で、それゆえ周囲の村のイングランド人やウェールズ人に見下されていたために必然的に結束が固くなった。ロゼートの村人にとって、数世代の家族が同じ家で暮らすのは当然のことだった。全員がきちんと教会へ通い、近所どうしで互いの家に自由に出入りし、休日は一緒に楽しんだ。
 村の労働倫理は、非常に強力だった。全員がロゼートの村内で働き、共通の使命と生きる目的を持って苦しい労働を支えた。自分たちの子どもがより良い暮らしを送れるようにと、誰もが願っていた。ロゼート村の人々は互いに大切にし合い、孤独な生活を送る者はひとりもいなかった。

2.ロゼート村と、ウルフ医師

 ある夏、地元の医師のひとりが講演会に来ていたウルフ医師に、『ロゼート村では、近くの村と比較して奇妙に思えるほど心臓病が少ない』という話をした。当時は心臓発作が非常に多く、65歳以下の男性が他界する原因の第1位だった。ロゼート村で心臓病が少ないという事実に興味をもったウルフ医師は、ロゼート村ととなり村の人たちの(他界した人の)診断書の過去7年分を調べてみた。驚いたことに、となり村では心臓発作を起こす確率は全国平均とほぼ同じだったのに対して、ロゼート村では全国平均の半分だった。それどころか、65歳以下の男性ではほぼゼロだった。しかも、心臓病だけではなかった。ロゼート村ではすべての原因による他界率が30%~35%も低かった。
 この発見から、さらなる調査が進められることになった。調査の結果、アルコール中毒も薬物中毒もなく、犯罪もほとんどなかった。さらに、生活保護を受けている人もいなかった。そこでウルフ医師は、胃や十二指腸などの消化器官の潰瘍について調べた。その結果、その種の潰瘍を患っている人もいなかった。村人たちが他界する主な原因は、老衰だった。

3.ウルフ医師の調査

 ウルフ医師らの調査チームは、ロゼート村の人たちがなぜ病気に強いのかを解明しようとした。この問いに答えるために、彼らは村人の三分の二をさまざまな方向から検査し、聞き取り調査を実施した。

3-1. 『食習慣』説

 最初のうち、ウルフ医師は村人たちが何らかの古き良き食習慣を維持しているおかげで感染症に対する抵抗力が強いのだろうと考えた。『すべてはオリーブ油のおかげかもしれない』と考えていた。そこでウルフ医師は栄養士を11人雇って、村人たちの買い物を追跡し、料理を観察した。だが、答えはオリーブ油ではなかった。ロゼートの村人たちは健康に良いとされるオリーブ油を買う金銭的余裕がないためにラード油を使って調理し、ソーセージやペパロニやサラミや卵を乗せたピザをよく食べていた。さらには、摂取カロリーの41%を脂肪から得ていたことが分かった。その上、ロゼート村の人たちは身体に悪い生活をしていた。大半がタバコを吸い、運動をせず、肥満も多かった。
 ウルフ医師が仮説とした『食習慣』説は、実証されなかった。

3-2. 『遺伝子』説

 村人たちは全員が元を辿ればイタリアの小さな村に行きつくので、ウルフ医師は彼らが病気を予防するなんらかの遺伝子を持っているのかもしれないと考えた。そこでウルフ医師は、南イタリアの町であるロゼート・ヴァルフォルトーレから移民してアメリカ各地に住んでいる人々が、ロゼートの人々と同じように健康かどうかを調べた。
 その結果、ロゼート・ヴァルフォルトーレから移民してアメリカのあちこちに散らばった人々の子孫の健康は、全米の平均と変わらなかった。すなわち、遺伝子では説明がつかなかった。

3-3. 『地理的条件』説

 続いて、ウルフ医師はロゼートの地理的条件について検討した。村人たちの飲み水や、医療を受けている病院の質に何か原因があるのかもしれないと考えた。心臓病の発生率が全米の平均程度である近隣のふたつの村についても、同じように調査した。すると、水は原因ではないと判明した。ロゼート村と同じ水源を使っている近隣のナザレス村とバンゴア村では、村人たちが特に病気にかかりにくいということはなかった。医療を受ける病院も共通だったので、原因ではなかった。もちろん、気候も同じだった。

3-4. 『人間関係』説

 結局のところ、ウルフ医師は原因が食生活でも遺伝子でも地理的条件でも医療の質でも気候でもないのであれば、ロゼート村そのものに病気から人々を守る何かがあるに違いないと考えた。そして、コレステロール値や喫煙の有無よりも、協力的で緊密な人間関係に要因があるのだと結論付けた。

 この『人間関係』説が裏付けられるには、それから10年ほどの歳月が必要だった。

4.10年後のロゼート村

 ウルフ医師がロゼート村を訪れてから10年、村では変化が起き始めていた。村の人々は息子や娘にアメリカンドリームを実現してほしいと願い、わが身を犠牲にして採石場や衣類工場で一生懸命に働いて子どもたちを大学へ送り出した。その一方で若い世代は、村の暮らしを現代化に背を向けた旧弊な生活だと感じるようになった。大学で学んだ若者たちは新しい考え方や新しい夢、新しい人間を故郷へ持ち帰った。イタリア系以外の相手とも結婚するようになり、新世代の人々は教会へは通わず、カントリークラブに入り、フェンスに囲まれたプールつきの家で核家族の生活を始めた。

 こうした変化によって、多世代が同居していた家族は解体され、毎晩のように大勢で集まって過ごしていた人々は、近隣の村々と同じような『他人には干渉しない』生活を送るようになった。かつては頻繁に行き来していたのに、事前に電話して相手の都合を確かめてから訪問するようになった。以前は毎晩のように集まって、大人は歌を歌い、子どもはビー玉やゲームで遊んでいたのに、夜はそれぞれがテレビの前で過ごすようになった。

 1971年、健康に良い食生活や定期的な運動プログラムに関する知識が広まったおかげで、世の中は全体的に心臓発作の確率が低下してきた。しかし、ロゼート村では初めて45歳以下の心臓発作によって亡くなる者が出た。世の中の流れに逆行した現象である。高血圧は、3倍に増大した。また、脳卒中の症例も増えた。1970年代終わりには、ロゼート村で心臓発作によって亡くなる人の数は全国平均に追いついた。

5.ロゼート村の事例の総括

 結局のところ、ヒトは心身ともに互いの距離を縮めることで栄養を互いに与え合い、身体的な健康はそれを反映していた。長年にわたってロゼート村について調べたウルフ医師は、ヒトは孤立してしまうと日常生活で出会う困難に打ちのめされやすく、それによってストレス反応が引き起こされると結論づけた。
 これに対して、協力的な人間関係で暮らす人はリラックスしている。そうしたリラックスした状態は身体の生理機能に肯定的な影響をもたらし、結果として病気が予防され、ときには症状が軽くなり、消えることもある。

 孤独はストレスを引き起こし、愛に満ちた人間関係はヒトをリラックスさせる。ストレス反応とリラクセーション反応は、心に影響するだけではない。協力的な人間関係がなく、たったひとりで人生に立ち向かわなければならないと感じるとき、日々の重圧が不安をもたらし、脳はそれを脅威と認識する。そうした重荷は、血圧から腎機能にいたるまであらゆる生理機能に悪影響を及ぼす。重荷やストレスがもたらす悪影響は、友人や親戚や隣人など、自身を気遣う人々から大切にされることで緩和される。このことは、食生活や飲酒量や喫煙や運動量などよりもずっと、健康を大きく左右する要素である。

6.その後の研究

 協力的な人間関係が健康をもたらすことを示したのは、ロゼート村の事例だけではない。ペルー(南アメリカ)やイスラエル(中東)、ボルネオ(東南アジア)などでも同じような研究が実施され、愛に満ちた人間関係は食生活や運動量や悪癖の有無などよりも大きく健康に影響するという、ロゼート村での発見を裏付けた。また、カリフォルニア大学やハーバード大学でも、人間関係の緊密さが身体に与える影響について研究で明らかにしている。

 『健康のために』と、日々の食生活や飲酒量、喫煙、運動量の気を配っていても、人間関係における“孤独が”、ときにヒトを蝕み、生命としての負の方向に引き寄せていくことがこれらの事例から分かる。ヒトはいつの時代もどの場所でも、心身ともに集団で生きていくべき生き物であるといえる。

関連書籍

関連記事

  1. 紀元前4世紀から21世紀まで、脳研究2500年の歴史を辿る。
  2. 差別するヒトの脳。原因や歴史を知る。【差別の脳科学】
  3. 「好き」が生み出される心理学~単純接触効果と保有効果~
  4. 追憶と懐古の脳科学 ~ノスタルジーは我々にどのような効果をもたら…
  5. 【詳説】精神病・精神障害(精神疾患)の違いとは?種類や症状、特徴…
  6. 脳科学者一覧(中野信子・茂木健一郎・苫米地英人etc.)
  7. ALS(筋萎縮性側索硬化症)の症状・原因・治療法などについて知る…
  8. 朝食を抜くと脳や健康にどのような影響を与えるか【欠食の脳科学】
PAGE TOP