コラム

脳の疲れの原因は“デフォルト・モード・ネットワーク”
『α波がリラックスに最適』を覆す瞑想(マインドフルネス)の脳科学

一般的に、集中したときに脳は疲れ、何も考えていないときには脳が休まると考えられている。しかし近年の研究では、集中しているときよりも何も考えていないときのほうが脳はエネルギーを使うということが分かっている。ここでは、その仕組みのカギとなる「デフォルト・モード・ネットワーク」について紹介する。

【目次】
1.「デフォルト・モード・ネットワーク」とは?
2.脳を休める「瞑想」
3.日本での研究
4.効果的な瞑想(マインドフルネス)とは?

1.「デフォルト・モード・ネットワーク」とは?

「デフォルト・モード・ネットワーク」とは、活動的な思考を行わないときに無意識に脳が行う脳内ネットワークの活動をいう。従来、ヒトの脳は「話をする」「走る」などの意識的な活動を行うときにのみ活発になり、それ以外の場合には休んでいると考えられてきた。しかし、ワシントン大学医学部のマーカス・レイクル博士の研究によると、意識的な活動を行っていないとき、脳は従来の説とは異なる活動をしていることが明らかとなった。これまで、意識的な活動をしていないときには「基底状態」というほとんどエネルギーを消費しない状態と考えられていたが、最新の研究では意識的な活動時に使用されているエネルギーの20倍を消費していることが分かった。

成人が1日に使うエネルギー量は、約2,000Kcalである。骨格に368kcal、肝臓に361Kcal、脳に337Kcalである。そして、脳が使うエネルギーの337Kcalのうち、「話をする」「走る」などの意識的な活動に使われるエネルギー量は5%(17~18Kcal)程度といわれている。20%(66~67Kcal)は脳細胞の維持、修復に使われており、残りの75%(252~253Kcal)は意識的な活動をしていないときに消費されている可能性をレイクル博士は指摘している。
fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging:機能的磁気共鳴画像法(血流動態反応を視覚化する技術))の結果から、脳が意識して行動しているときの血流量をみると後部帯状回と前頭葉内側で血流が減って活動を低下させているが、意識的な活動をしていないときは血流量が増加して後部帯状回と前頭葉内側の領域が脳内で最もエネルギー量を消費していることが分かっている。このときの脳活動が、「デフォルト・モード・ネットワーク」である。

デフォルト・モード・ネットワーク、自動車に例えられる。自動車は信号待ちなどで停止している場合でも、いつでも再発進できるようにエンジンを低速回転でアイドリングさせている。脳でいえば、ひとつの作業に集中している場合には脳の作業領域のひとつにのみエネルギーを費やすことで対応できるが、次に何が起きるか分からない場合には脳の作業領域の複数にエネルギーを費やさなければならないため、意識的な活動を行っていない場合ほど多くのエネルギーが必要であるという考えである。

(出典:社団法人認知症高齢者研究所

2.脳を休める「瞑想」


脳を休めるためには、多くのエネルギーを浪費するデフォルト・モード・ネットワークの状態を抑える必要がある。その方法として挙げられるのが、「瞑想」である。瞑想により、デフォルト・モード・ネットワーク時に活発になる内側前頭前野と後帯状皮質の活動を抑えることができる。

近年になり、マサチューセッツ医科大学の分子生物学者であるジョン・カバット・ジン博士によって瞑想がうつ病を始めとする心の病に効果があることが実証されるようになった。瞑想や座禅で集中力が高まり、脳が活性化されると、背外側前頭前野の機能が活性化する。これがヒトの免疫力を向上させ、記憶力や仕事の効率の向上につながるという。うつ病の患者はこの部分の機能が低下しているといわれている。うつ状態になると感情を司る扁桃体が活性化し、コルチゾールというストレスホルモンが分泌されやすくなる。この扁桃体は、瞑想によって縮小するという研究結果が出ている。

(出典:公益財団法人ニッポンドットコム

3.日本での研究


海外で盛んに研究されるマインドフルネス・瞑想だが、禅の本家である日本でも京都大学や早稲田大学を中心に、瞑想や座禅と脳との関係を解き明かそうと試みる動きが活発になっている。

2000年代初頭まで、脳科学の世界ではα波に注目が集まっていた。ヒトはリラックスした際にα波が優位となり、α波が健康や仕事の効率向上に寄与すると考えられてきた。この点、早稲田大学院人間科学研究科の髙橋徹氏は、α波の効果に異を唱えている。α波が優位になると身体の細かな感覚に気付きづらくなるというものだ。京都大学大学院教育学研究科の野村理朗(みちお)准教授も、同様の説を唱える。一般的なリラックスと状態と瞑想状態は異なり、リラックスしていれば脳の疲れが取れるわけではない。瞑想は緊張でもリラックスでもない第三の心的状態であり、瞑想によってデフォルト・モード・ネットワークの過剰なアイドリングを鎮めていくことが重要としている。
広島大学の研究によれば、20 歳から 60 歳までの社会人 734 名のデータから、マインドフルネスの傾向の高い人は収入の多少に関係なく常に幸福感が高く、低い人では収入が多い人の方が幸福感が高い傾向にあることが分かっている。

(出典:公益財団法人ニッポンドットコム
(出典:広島大学

4.効果的な瞑想(マインドフルネス)とは?


デフォルト・モード・ネットワークによる過剰なアイドリングを抑えるためには、効果的な瞑想、すなわちマインドフルネスが重要となる。マインドフルネスは、今その瞬間への意識の集中を身に付けることで実現する。思考や感情、または身体に起きていることを観察することで、物事に対する自身の無益な反応の在り方を理解し、制御できるようになる。マインドフルネスの技法では、自身を取り巻く環境に基づく経験や感覚を、自身の判断を差し挟むことなく距離を置いて観察し、受け入れることが求められる。観察・受け入れによって自身の思考や行動が適切なものであるかを判断する余裕が生まれ、対応を改めることができる。

頭に浮かぶ考えに捉われることなく、客観的に観察できるようになることで、ストレスのかかる経験や不安を見越して効果的に対処が可能になり、悲観的な思考パターンを改めることが可能になる。マインドフルネスの実践によってストレス時に反応する脳領域の活動を鎮め、気づきや意思決定に関わる部位を活性化させることができる。これにより、前向きな行動に意識を集中することができる。

マインドフルネスは1970年代にアメリカの研究者によって考案され、2000年代になってイギリスで抑うつ障害の治療に応用された際にマインドフルネス認知療法として体系化された。日本では2010年頃から臨床心理の現場や精神科で取り入れられるようになり、効果を上げている。

マインドフルネスの一連の流れは、主に以下のようになる。

①座禅や瞑想の型をとる

リラックスできる服装に着替え、座禅のように足を組んで座り、両手をへその下のあたりで組むなどして気持ちを落ち着ける。

②中心対象に意識を集中する

瞑想中は呼吸を中心対象として、息を吸ったり吐いたりすることに意識を集中させる。腹式呼吸で息を吸うときの腹部の膨らみと、息を吐くときの凹みに意識を向ける。

③思い浮かぶ雑念や思考をラベリング

瞑想中には、雑念や身体のかゆみや痛みが気になることが多い。これらに気を取られないようにラベリングを行う。身体がかゆいのであれば「かゆみ」、直近の大きな失敗を思い出した場合は「苦痛」といった名前をつけ、ひとつずつその場で確認していく。

④中心対象(呼吸)に集中し、あるがままに受け入れる

ラベリング後、それらを深追いしたり無理に忘れようとすることなく、ありのままに受け入れる。このとき、呼吸と腹部の動きに意識を集中させると雑念が気にならなくなる。

瞑想する時間は10分程度から始め、少しずつ時間を延ばしていく。

(出典:最新図解 やさしくわかる精神医学

関連書籍

◇参考サイト
デフォルト・モード・ネットワークと認知症(社団法人認知症高齢者研究所)
【研究成果】“幸福感”は年収の高さに依存するのか? ~心理的傾向「マインドフルネス」の影響を初めて解明~(広島大学)
◇参考文献
最新図解 やさしくわかる精神医学
ひと目でわかる 心のしくみとはたらき図鑑 (イラスト授業シリーズ)

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