サヴァンとは、知能検査などによって精神遅滞と判定される者のうち、稀に特殊な領域にのみ際立った能力を示す者を指す。全体的な知的発達に障がいがあるにもかかわらず、機械的な記憶力や計算力、または創造力が極めて優れている。
明確な原因は不明で、おそらくは特殊な能力に恵まれたためというよりも、他の情報処理系が低調なために無傷の単一機能が邪魔されずに純粋に突出した結果と考えられている。
かつてはイディオサヴァン(idiot savant【仏】/※日本語の定訳はなく、直訳では「学者の白痴」)と呼ばれたが、イディオ(idiot)は差別用語であると考えられるようになり、現在では「サヴァン症候群」と呼ばれるようになった。
【目次】
1.サヴァンの能力
2.サヴァンの原因
3.なぜサヴァンは大量に記憶できるのか
1.サヴァンの能力
サヴァンが驚異的な能力を発揮した事例は、数多くある。たとえば、ピアノを一度も習ったことがないのに複雑な楽曲を一度聴いただけで再現した事例や、走り去った動物の姿を完全に再現した彫刻像を作った事例、9,000冊以上の書籍を暗記した事例、さらには一目見ただけで複雑な景色を描いた事例などがある。
以下の絵画は、サヴァンとされるスコットランドの画家であるリチャード・ワウロ(1952~2006)が描いた作品である。ワウロはテレビや書籍で一度見ただけのイメージを用いて以下の絵を描いた。
(出典:INSPIRING ARTISTS WHO HAVE AUTISM(海外サイト))
数学の分野では、すさまじい速さで計算をしたり、教わらなくとも瞬時に素因数分解ができたという事例もある。サヴァンに最も多く見られるのは、カレンダーの計算能力といわれている。過去、未来にわたって何日が何曜日であるかを瞬時に知ることができ、過去4万年、未来4万年の日にちについて曜日を答える者もいる。
とはいえサヴァンの人の統合力や応用力は乏しく、特に社会性や対人関係能力は知能指数相応の遅滞を示す。単なる精神遅滞よりも広汎性発達障害(自閉症など)に発現する例が多く、自閉症患者の数%~10%がサヴァンという報告もある。なお、事故や病気によって後天的にサヴァンになるケースもある。
【サヴァン症候群の主な能力】
●記憶が得意なケース
難解な書籍を容易に記憶することができ、その内容を暗唱したり逆から読み上げたりすることができる。また、一度見た風景をカメラで撮影したように細かく覚えていたりする。
●音楽が得意なケース
楽器を習っていないにもかかわらず、一度聴いた曲をピアノで簡単に演奏したり、何千曲も暗記することができる。また、複雑なオーケストラの曲を頭の中だけで作曲し、完成した状態で譜面に書くことができる。
●美術が得意なケース
一瞬だけ見た風景を精密に描くことができる。動物を描く場合も、動物のプロポーションや筋肉の動きを正確に再現できる。テレビドラマ「裸の大将」のモデルとなった画家の山下清は、サヴァン症候群だった可能性があるといわれている。
●数学が得意なケース
驚異的なスピードで計算を行ったり、円周率を22,000桁以上暗唱したり、ランダムな年月日の曜日を瞬時に述べることができる。インドの数学者であるラマヌジャンは大学で数学の教育を受けていなかったにもかかわらず直感的なひらめきによって多くの定理を発見したことから、サヴァン症候群だった可能性があるといわれている。
2.サヴァンの原因
サヴァンの原因については現在でも明確にはなっておらず、いくつかの仮説が立てられている。その一つは、左脳の機能障害を右脳が補ったことによってその能力が生み出されているというものである。
一部のサヴァンの人について死後に脳を解剖したり脳画像診断を行った結果、サヴァンの人の脳の機能障害は左脳で著しい場合があることが分かっている。左脳は言語、秩序だった論理的な思考、記号や言語などを使って物事を一般化して考えるといった抽象的な思考に優先的に関わることが多いため、サヴァンの人は論理的に何かを考えたり抽象的な言葉の意味を理解することを苦手とする場合が多い。その一方で、右脳はメロディーを把握する能力や空間認知能力、ひらめきや個々の具体的なものや事柄についての思考に優先的に関わることが多い。上述したように、サヴァンの人の特殊能力はこのような能力を駆使した音楽や美術に関連するものが多い。
【左脳が優位な能力】
・話す、書くなどの言語能力
・会話や文章の意味を理解する能力
・計算能力
・秩序だった論理的思考
・抽象的な思考
【右脳が優位な能力】
・他人の表情、ジェスチャー、声の抑揚、メロディーを理解する能力
・視覚情報を全体的に捉える能力
・空間認知能力
・ひらめきの能力
・具体的な思考
(関連記事:なぜ脳は左脳と右脳に分かれているのか)
仮説によると、サヴァン症候群は左脳の機能に障がいが生じたことで右脳の機能が発達して発生する。
この仮説の妥当性を示す研究報告がある。ヒトの脳は、左脳が身体の右半分の機能を制御し、右脳が左半分を制御している。銃弾で左脳に損傷を受けた9歳のある少年は、その後に右半身マヒなどの障がいが現れた。しかし同時に、驚異的な機械工作の能力を得て、説明書を見ずに多段変速の自転車を分解し、組み立て直すことができるようになった。このとき、彼の大脳皮質では正常な人よりも多い血流が確認されていた。すなわち、そこで活発な活動が行われていたことを意味している。
左脳の機能が低下して右脳の機能が向上することがサヴァンの原因となるのであれば、胎児の期間がサヴァンの原因となりうる。胎児期、左脳は右脳よりも遅れて発達するため、完成形になるまでの不安定な期間を右脳よりも長く経る必要がある。その結果、左脳は右脳に比べて危険にさらされやすくなる。この完成形までの長さの違いが、サヴァンの生じる原因になると考えられる。また、男性の場合は胎児期に男性ホルモンであるテストステロンが左脳の発達を遅らせる場合もあるという仮説がある。統計的に男性のサヴァンは女性の5倍多いことがその裏付けといえる。
3.なぜサヴァンは大量に記憶できるのか
サヴァンの人の多くに共通しているのは、驚異的な記憶力である。地図、歴史上の事実、電車やバスの時刻表、書籍を一冊分など、膨大な情報を記憶できる。
サヴァンの人の特殊な記憶力には、脳の内部にある「大脳基底核」が関係していると考えられている。なお、サヴァンの人に限らず、一般の人でも大脳基底核に保存される記憶がある。これは主に「手続き記憶」と呼ばれるもので、無意識に行っている運動や習慣の記憶である。訓練を積むうちに動きを意識することなく自転車を運転したり泳げるようになったりするのは、この手続き記憶によるものである。これに対して、日常の出来事(エピソード記憶)や一般的な知識(意味記憶)などを長期で保存するときは大脳皮質に保存される。
サヴァンの人にみられる「感情、思考を伴わない機械的な記憶」は、手続き記憶として大脳基底核に保存された記憶であるという仮説がある。すなわち、サヴァンの人ではエピソード記憶や意味記憶を形成する経路に何かしらの異常が生じており、それを補うべくして手続き記憶の経路が発達し、脳内で記憶を形成する役割を担っているのではないかという考えである。大脳基底核で保存される情報は大脳皮質で保存される情報よりも忘れられにくいという性質があり、この性質がサヴァンの人たちの驚異の記憶力を説明できる可能性がある。
◆参考文献
・Newton別冊 脳力の仕組み
・ソーシャルネットワーキング,イディオサヴァン,サヴァン症候群
・INSPIRING ARTISTS WHO HAVE AUTISM(海外サイト)
・脳と心のしくみ