「そもそもなぜヒトには感情があるのか」ということについて、一度は考えてみたことがある人も多いのではないでしょうか。ヒトに感情が生まれたきっかけは、一言でいえば「脅威を知覚できる生物のほうが長生きできるから」です。
原始的な5つの反応
生き物の目的は、子孫を残すことです。そのためには、脅威をいち早く察知し、身を守ることができる個体が有利となります。脳は目や耳から入る脅威に関する情報を処理し、生存のための行動を身体にとらせることでヒトに迫る脅威を回避してきました。これが、原始的な感情の始まりと考えられています。
主な原始的な感情には「怒り」「恐怖」「悲しみ」「嫌悪」「驚き」があります。
怒り
相手に挑発的な態度をとられることなどが原因となって生じる感情です。戦意や敵意が芽生え、相手に対して攻撃的な態度をとることがあります。
恐怖
自分よりも強い相手から危害を加えられそうになった場合に生じる感情です。脅威を避けるよう心と身体が準備を始めます。
悲しみ
仲間やパートナーを失うことが原因となって生じる感情です。怒りなどの感情よりも長く続く特徴があり、物事に対して消極的になります。
嫌悪
身体に悪いものや心に悪いものを見聞きした場合に生じる感情です。嫌悪の原因を避けるような行動をとります。
驚き
予想外のできごとが原因となって生じる感情です。驚きの対象に注意が向き、次にどのような行動をとるかを決めるために多くの情報を集めようとします。
感情は脳内でどういうルートを辿る?
感情が生まれた原因が「脅威を回避する」という点にあるのであれば、脳内で生じた感情はヒトに何かしらの行動をとらせる必要があります。
ヒトの感情は、「意識」と「無意識」のいずれかのルートを通ってヒトに特定の行動をとらせます。出発点となるのは、いずれも「視床」と呼ばれる部位です。素早い行動が必要となる感情は「扁桃体」で処理され、無意識に迅速な行動をとらせます。これに対して、さほど素早い行動が必要とならない感情は「感覚野」で処理され、ヒトに意識を生じさせて特定の行動をとらせます。
分かりやすくたとえると、前者が暴漢を前にしたときの反応で、後者がバスケットのシュートの練習をするときの反応です。前者は戦うか逃げるかの準備をするために無意識のうちに筋肉が収縮するのに対して、後者はジャンプの感覚やボールの押し具合などを意識的に記憶に留めようとする行動をとります。
何が感情を生み出す?
ヒトの感情がどこから生まれるのかという疑問は、多くの人が一度は考えたことがあるかもしれません。誰にでもある感情ですが、その発生原因まではあまり知られていません。
脳の中で感情が生じるのは、主に脳内で神経伝達物質と呼ばれる脳内物質が作用しているからです。
感情を引き起こす主な神経伝達物質
ヒトの脳内にある神経伝達物質の種類は、およそ100種類といわれています。代表的なものに以下のものがあります。
アドレナリン
ストレスのかかる状況で放出される神経伝達物質です。身体の活力を高めることで心拍数を増加させ、血圧の上昇、筋肉への血流増加を引き起こす効果があります。
ノルアドレナリン
アドレナリンと同様に、「闘争・逃走反応(fight-or-flight response)」に関わる興奮性の神経伝達物質です。覚醒力が強く、気分を高揚させたり血圧を上昇させたりします。不安や注意にも関わっています。
アセチルコリン
主に興奮性の作用を持つ神経伝達物質です。骨格筋の活動を促す効果があります。また、記憶や学習、睡眠にも関わっています。
グルタミン酸
アミノ酸の一種で、大脳皮質や海馬、小脳にあります。興奮性の作用を持ち、記憶や学習に関わっています。
GABA(ギャバ)
抑制性の作用を持ち、ニューロンの発火を抑制して鎮静作用を促します。主に不安を和らげたり、睡眠を促す効果があります。別名でγ(ガンマ)‐アミノ酪酸とも呼ばれます。
セロトニン
抑制性の作用を持ち、気分の落ち着きや向上に関わります。また、食欲や体温、筋肉の動きを調整する働きがあります。必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンからつくられます。
ドーパミン
興奮性と抑制性のいずれの働きもする神経伝達物質です。報酬によって動機づけられる行動に重要な役割を果たし、精神活動を活発にして快感を与える効果があります。
エンドルフィン
痛みの信号伝達を抑制する作用をもち、痛みの緩和や幸福感に関わります。
脳は全身にある視覚や聴覚、触覚などの感覚器官から情報を受け取り、様々な神経伝達物質を放出して感情を発生させます。
神経伝達物質とニューロンの関係は?
ヒトの脳内には、約1,000億個の神経細胞があります。これがいわゆる「ニューロン」と呼ばれるものです。ニューロンは他のニューロンとわずかな隙間をのこして結合してい(るようにみえ)ます。神経伝達物質は、このニューロンとニューロンの間でやりとりされ、脳の他の場所に到達します。基本的な流れとしては、脳内で神経伝達物質が分泌され、それが身体の各器官に送られます。神経伝達物質を受け取った各器官はホルモンを分泌し、ホルモンが血液に乗って全身を巡り、身体を健康にしたり病気にしたりします。