コラム

人は、どこまで“誰か”になれるのか。【ファッションメイクの脳科学】

 一般に、人は誰かの外見を見ただけでその人のパーソナリティや性格を判断しています。その判断の基準はさまざまですが、中でも顔は印象を強く決定づける要素のひとつです。

 メイクは服装と同じく自己を表現する手段として、日常的におこなわれています。メイクをすることにより、「対人的な積極性が増す」「気分転換になる」「気持ちが落ち着く」「相手に与える印象がよくなる」などの効果があることを、女性であればほとんどの人が経験的に知っています。

1.いつからメイクをはじめた?
2.メイクの効果
3.メイクが自分に与える効果
・3-1.メイクが老化やガンを防ぐ可能性
・3-2.意外と知られていない、スキンケアの心理的効果
4.メイクが他人に与える効果
・4-1.人は、他人からどう見られるか
・4-2.最大のポイントは目
・4-3.目を大きく見せる方法(アイラインとアイシャドウの脳科学)
・4-4.意外と知られていない、メイクと就活
5.メイクで自他ともに明るく

1.いつからメイクをはじめた?


 関東圏の女子大学・短期大学生252名を対象におこなわれたアンケート調査によると、メイクの開始年次は中学1年次から急激に増加し、中学3年次には96%程度がメイクを体験していることが分かっています。つまり、高校ではメイクをしていない人はクラスに1~2人ほどの割合といえます。

 メイクの起源は、ヒトが社会生活を営み始めたときにまでさかのぼるといわれています。古くはおよそ4万年前の旧石器時代の洞窟壁画に、顔に赤い顔料を塗った人物が描かれていたり、赤い顔料のついた人骨が発見されています。
 エジプトでは、3000年前のスキンケア化粧品であるスキンクリーム(動物性脂肪9:樹脂1の割合で処方)が入った化粧瓶も発掘されています。

 日本では、縄文時代につくられた土偶の顔面にある装飾や、5~6世紀の埴輪の顔にある赤い彩色が古代の化粧と考えられており、3世紀末に中国で書かれた「魏志倭人伝」にある古代日本人の赤色の化粧などの記述が最も古い化粧に関する資料とされています。
 その後、1950年代にアメリカではじまったアイメイクブームによって、日本でもアイカラー、アイライン、マスカラ等が一般化し、1970年にはほぼ現在のメイクの形に至りました。

2.メイクの効果

 メイクの効果は、大きくふたつに分けられます。ひとつは、「自分に与える効果」であり、もうひとつは「他人に与える効果」です。

3.メイクが自分に与える効果


 メイクによって、自己の外面の不満や欠陥をカバーし、美しさを高めることができます。外見的な魅力が高まった結果、不安が解消されて自信が生まれ、満足感を経て行動が活性化されることが確認されています。また、同性への優越的意識が充足されることも分かっています。
 調査によると、10代から20代の前半にかけては自分の年齢よりも高くみえるメイクがしたいと考える傾向が強く、26歳を超えると自分の年齢よりも若くみえるメイクしたいと考える傾向が強くなる傾向がみられます。メイクの心理的効果は、こうした「より大人っぽく見られたい」「より若く見られたい」という変身願望の充足や、今の自分と違った新しい自分をつくるという創造の楽しさを通じた満足感の実現にあります。

3-1.メイクが老化やガンを防ぐ可能性

 精神的なストレスが蓄積すると、体内の「活性酸素消去酵素」の活性が低下します。活性酸素は、老化やガンの主な原因のひとつです。
 メイクには、「活性酸素消去酵素」の活性の低下を抑制する効果があります。つまり、メイクによって自己肯定感が増加し、結果的に若さや健康が維持できることが示唆されています。実験によると、化粧療法によって唾液アミラーゼ活性が低下して「ストレス軽減の効果」「自尊感情の向上や気分の高揚」「自分の顔に対する好意」という点で効果がみられています。こう考えると、メイクは精神的かつ生理的に優れたアンチエイジング方法といえます。

 

3-2.意外と知られていない、スキンケアの心理的効果


 完成したメイクは自分に自信を与えますが、実はメイクは完成する前から心理的な効果を発揮しています。
 化粧水等のスキンケア化粧品の塗布後に自らの手で自分の顔を軽く押さえるという意識的な自己接触が、どのような生理的、心理的変化を生み出すかを調べた研究では、肌に触れることで浅い呼吸が増加し、「満たされた」という幸福・満足感や「活力がわく」などの活力感、さらには「わくわくする」といった活動的快や贅沢感、ときめきなどが生じていることが分かっています。なお、化粧用コットンを用いた場合は、化粧水を手で馴染ませるだけの場合に比べて肌の水分保持能を高める効果が確認されています。

 スキンケアは、外出の用事がない日であってもリラックス感や幸福・満足感、集中力の向上をもたらします。このことから、日々のメイクアップだけでなく、スキンケアも大切であることが分かります。

4.メイクが他人に与える効果


 メイクが周囲の人たち、つまりを自分を見る人たちの心にどのような影響を与えるかについては、「外見的評価の向上」や「異性として魅力度の向上」などが確認されています。

4-1.人は、他人からどう見られるか

 1,000人以上の女性を対象として、初対面の人に対して何を見て相手の年齢を判断するかを調べたアンケートでは、1位が「肌のハリ」、2位が「額のシワ」、3位が「シミやクマ」となり、この3項目で全体の67%を占めました。イラストカードを用いた実験でも、アンケート結果を裏付けるように「肌にハリがある」「額にシワがない」イラストが最も多く「若くみえる顔」として選ばれました。これに対して最も老けてみえるものとして選ばれたのは、「肌のハリがない」イラストでした。イラストには顔の肉付きに触れているもの(やせ気味や太り気味のもの)もありましたが、それらが年齢の印象に影響与えることはあまりありませんでした。

 別の実験では、肌のツヤ強度を高めることで「若々しさ」の評価が高まるだけでなく、「笑顔」や「顔全体の魅力」の評価も高まることが示唆されています。

 これらの結果から、肌のハリやツヤが若さや魅力を強めるポイントであることが分かります。

4-2.最大のポイントは目


 顔の形態に関する実験研究によると、女性顔では小さい顎、大きい目、高い頬骨、ふっくらした唇などが魅力を増す特徴として挙げられています。これらの特徴を強調することによって、女性顔の魅力を高めることがメイクの主な目的のひとつです。

 多くの研究から、いわゆる「平均顔」は決して“平凡”ではなく、実は非常に魅力的な顔であることが実証されています。ただし、平均顔をベースにして最も魅力的に見える目の大きさを測定すると、目以外が平均顔であっても、目は平均よりも大きい方が魅力的に見えるという研究結果があります。具体的な数値でいえば、女性平均顔で最も魅力的にみえる目の拡大率は、面積にして+15%でした。このことからも、女性顔では大きな目が好まれることが分かります。念入りにメイクする部分に関するアンケートによると、最も念入りにメイクするのは目で、次に口・眉、そして頬・肌という順になっています。

 これらのことから、目を大きく見せるメイクが理に適っており、そして現に多くの女性が目を大きくするメイクに注力していることが分かります。

4-3.目を大きく見せる方法(アイラインとアイシャドウの脳科学)

 ヒトの目に見えている景色は、脳が視覚入力を独自に解釈し、推測した結果です。それゆえ必ずしも正確なものではなく、物理的な現実と主観的な現実との間には多少のズレがあります。このズレが顕著に現れたものが、錯視です。錯視の中でも特に有名なのが、「デルブーフ錯視」と「ミュラー・リヤー錯視」です。

・デルブーフ錯視

 囲まれている円(左の黒丸)は、囲まれていない円(右の黒丸)よりも大きく見えます。(デルブーフ錯視)

 この錯視は、いわゆる二重まぶたと涙袋メイクに応用されています。

 二重まぶたと涙袋メイクが目を囲む円の役割を果たすことで、瞳孔や目全体を大きくみせる効果を発揮しています。

・ミュラー・リヤー錯視

 線の両端に内向きの矢羽を付けたもの(上)と外向きの矢羽を付けたもの(下)の線では、前者(上)が短く見え、後者(下)が長くみえます。(ミュラー・リヤー錯視)

 この錯視は、つけまつげやマスカラに応用されています。

 外側に伸びるつけまつげやマスカラが、内側にある瞳孔や目全体を大きくみせています。

4-4.意外と知られていない、メイクと就活


 企業の採用の書類選考で、外見の魅力が潜在的に採用の決定を左右することが指摘されています。研究によると、採用担当者は外見がきれいな女性をそうでない女性よりも採用する傾向にあることが分かっています。この点、外見が美しくあれば無条件で得をすると考えられがちですが、他の実験ではメイクによる外見の美しさが、必ずしも全ての場合に肯定的に作用しているわけではないことも示されています。

 履歴書にメイクをした顔写真を貼った場合とメイクをしていない顔写真を貼った場合とでは、メイクをした顔写真の場合は外見が重視される仕事には向いていると判断される反面、能力が重視される職務には向いていないと判断される傾向がみられました。つまり、見た目が美しいからといって必ずしも内面の評価も高くなるわけではないということです。(ただし、女性の社会進出が進む昨今では、こうした判断は変化していくことも考えられます。)

 メイクは「美しければそれでよい」というものではなく、時と場合に合ったものにすることが大切です。

5.メイクで自他ともに明るく

 ヒトは、無意識のうちに相手の感情を捉え、その相手の感情に影響をうけることが分かっています。たとえば、当初は抑うつ的な気分を微塵も感じていなかったのに、抑うつ的な相手と会話をする過程で、気が付けば自分も抑うつ的な気分に支配されていたというケースがあります。

 会話の場面では、人は他者の表情や声、姿勢、動作、その他の行動を無意識に、そして連続的に模倣したり、自分の運動を同調させたりする傾向があります。このような模倣・同調運動が起きると、その状態は脳にフィードバックされ、主観的な感情経験に影響が生じます。つまり、他者と同質の感情を経験することになります。

 以上の点を踏まえてメイクの効果を考えると、大きく2点にまとめることができます。ひとつは自分にとっての良い効果で、自信が生まれ、健康状態を維持・改善でき、社会的に評価が高まるという効果です。もうひとつは、そんな自分をみている相手にも幸福感や活力を生じさせるという効果です。こう考えると、メイクは自分と相手の両方に良い効果をもたらすものであることが分かります。

 ちなみに、ノーメイクの場合には相手にあまり良い印象を与えないことが確認されていると同時に、ヘビーメイク(※行き過ぎたメイク)の場合も同様に良い印象を与えないことが分かっています。過度なメイクは逆効果となるので、程よいメイクで最大限の美しさや効果を発揮していくことが大切です。

関連書籍

◆参考文献
女子学生の化粧に対する意識と行動
人はなぜ化粧をするのか
女性の精神的健康に与える化粧の効用
大学生に対する自己の外見的魅力の意識を通した化粧およびスキンケア効果に関する実験・調査
肌のツヤが魅力印象に及ぼす効果の顔特徴による違い
メイクアップは精神的ストレスによる活性酸素消去の活性低下を抑制する
スキンケアによる感情調整作業に関する研究
顔の認知と化粧の心理的効果[8]
顔の認知と化粧の心理的効果[9]
女子大学生・母親・女子社員間の化粧の心理的効果
年齢による化粧行動と自意識
感情の伝染現象ならびに化粧の心理学的効果をめぐって
化粧に関する研究(第5報)
化粧規範に関する研究
化粧行動とライフスタイルの関連性
化粧行為の生理心理学的検討
化粧用コットンによるパッティングスキンケア効果
化粧による顔の心理効果
化粧の認知に関する予備的研究:化粧品使用度と魅力度の認知
化粧開始。ハーフ顔メイクのつくりかた
勝者のメイク

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