コラム

学歴の意味と価値【「優秀さ」の脳科学】

 「学歴」という言葉は、多くの人の興味を引きつける。書籍のタイトルや雑誌の見出し、またはインターネット上の記事など、多くの情報媒体で「学歴」が取り上げられ、ときにセンセーショナルに扱われる。社会学者の苅谷剛彦氏によれば、学歴に関する議論が雑誌や新聞などでこれほどまでに活発におこなわれている社会は、日本をおいてほかにないという。

 学歴の価値や意味に関しては、「学歴は極めて重要である」との主張と、「学歴はほとんど必要ない」との主張の二項対立が生じやすく、なおかつ議論が極論に走りやすい傾向がある。たとえば、「中卒でも年収○千万円の人がいる」というレアケースを持ち出す場合や、「東大卒でも使えない奴はいる」といったミクロな視点での事例を持ち出す場合などである。

 議論の尽きない「学歴」について、ここではその意味や価値について考える。

【目次】
1.学歴に関する整理事項
2.「学歴」の特殊性
3.結局のところ、学歴に意味や価値はあるか
4.「学歴しかない」か「学歴もある」か
5.評価には主観が伴う
6.福澤諭吉の「学問のすゝめ」が意味するもの

1.学歴に関する整理事項

 一般的に、「学歴」という言葉が議論に取り上げられる際、その定義は大きく2つに分けられる。ひとつは「最終学歴の種類」であり、もうひとつは「出身校(主に出身大学)」である。「最終学歴の種類」とは、いわゆる中卒・高卒・高専卒・短大卒・大卒・大学院卒などの括りを意味し、「出身校」は主にどこの大学を卒業したかを意味する。

 「最終学歴」および「出身校」によって賃金・年収に差があることは、さまざまな統計から分かっている。たとえば、厚生労働省が実施している賃金構造基本統計調査によると、最終学歴別の賃金は、男性で大学・大学院卒が約40万円、高専・短大卒が約31万円、高校卒が約29万円、女性で大学・大学院卒が約30万円、高専・短大卒が約26万円、高校卒が約21万円となっている。
 また、OpenWorkの調査によれば、出身大学別の30歳時の年収は東京大学で約811万円、一橋大学で約740万円、京都大学で約728万円、慶應義塾大学で約727万円、東京工業大学で約708万円となっている。帝国データバンクの調査(2019年6月)では、上場企業の社長の出身大学別の人数は慶應義塾大学が264人、早稲田大学が187人、東京大学が175人で上位3位を占めている。

 これらのデータから、学歴と賃金・年収、そして役職には一定の相関関係があるといえる。この結果は多くの人が直感的に理解でき、また感覚的に把握しているものといえるが、それでも「学歴」に関する議論が尽きることはない。これはおそらく、「学歴によって不当に差別されている」もしくは「能力以上に優遇されている」という認識が、一定数の人たちにあるからではないかといえる。

2.「学歴」の特殊性

 しばしば、学歴による差別はネガティブなものとして扱われる傾向がある。就職活動の場面ではそれが顕著で、採用試験に学歴の制限を設ける企業が非難の対象となることもある。こうした非難は、中卒・高卒・大卒を区別して募集・採用することに関してはあまりみられないのに対して、大学名による区別(=いわゆる「学歴フィルター」による足切り)には多くみられる。この非難の根底にあるのは、「同じ大卒だから差別(区別)をするのはおかしい」との意見があると思われるが、採用試験では“何か”を区別の対象として選別することが不可欠であることを念頭に置く必要がある。

 学歴(大学名)によって採用担当者の判断が異なる(=優劣がつけられる)のは、いわゆるリスクヘッジのひとつといえる。一流といわれる大学の学生であれば、数学の知識や英語の知識、世界史の知識が担保されており、いずれの知識もビジネスの世界で「全く役に立たない」というわけではない。また、課題をこなす能力もある程度は保証されているため、採用の段階で他の候補者と採用試験の結果が一列に並んだ場合、学歴のあるほうを採るのはリスクを回避する行動として自然といえる。

 応募者(学生)の立場では、高評価となる可能性があればそれを主張するというのが就職活動の定石となる。エントリーシートや面接の際に、就活生が自己PRとして採用担当者に対して「サークルの実績をみてください」「アルバイトの実績をみてください」「ボランティアの実績をみてください」と主張することに関しては異論はない。しかし、そうであるならば「学歴もみてください」と主張することも自然であるといえる。サークル、アルバイト、ボランティアに関してはみてほしいと主張する一方で、「でも学歴はみないでください」と述べるほうが不自然といえる。

 就職活動では、学生はさまざまな観点から評価される。それはサークル然り、アルバイト然り、ボランティア然り、そして学歴然りである。

3.結局のところ、学歴に意味や価値はあるか

 結局のところ、学歴にはどれほどの意味や価値があるのか。「他者からの評価」という観点から考えると、入社前と入社後のふたつに分けて考える必要があるといえる。

 新卒採用担当の立場で考えれば、学歴は無いよりも有るほうがリスクヘッジになる。すなわち、有利に働く(=意味や価値は大きい)。

 これに対して、入社後の人事部や上司の立場で考えると、学歴があっても5年、10年と成果を出さなかった者を、今後10年、20年と期待をかけるのは難しいといえる。その一方で、学歴のない者が5年、10年と成果を出し続けてきたのであれば、その者が今後10年、20年と成果を出し続けることは期待できる。この者を昇進・昇格・栄転させずに同じ業務だけを依頼するのは、企業にとっての逸失利益となる。この場合、学歴によるハンデキャップは作用せず、昇進・昇格・栄転となるのが自然である。すなわち、学歴は有利には働かない(=意味や価値は小さい)。

 学歴に関する議論では、さまざま状況や条件を考慮せず、ひとつに集約してその意味や価値が「ある」もしくは「ない」の二分論で語られる傾向が多い。しかし上述のように、入社前と入社後とで分けて考えることで、それぞれの状況における意味や価値がみえてくる。

4.「学歴しかない」か「学歴もある」か

 かつて、ハーバードのビジネススクールが、成績が高いにもかかわらず成功できない人に何が欠けているのかを研究したことがある。その結果、IQ(知能指数)の差ではなく、EQ(情動指数)であることが分かった。もしもIQと学歴に関連性があるのであれば、学歴が高くとも、感情の制御や意欲、コミュニケーション能力がなければ社会(企業)で成功することは困難となる。

 「学歴が高いにもかかわらず、業務遂行能力がない」というケースはめずらしくはない。これは、いわゆる高学歴は「何でもできるから勉強もできた」というタイプと、「勉強しかしてこなかったから勉強だけができた」というタイプに大別できるからである。前者であれば仕事もできることは想像に難くなく、後者であれば仕事ができないことは想像に難くない。

5.評価には主観が伴う

 学歴の意味や価値について考える上で重要なのは、「評価には、評価者の主観が伴う」という点である。
 たとえ学歴と本人の能力に関連性がなく、それゆえ学歴による区別や差別が不当なものであったとしても、採用担当者や評価者である上司が「学歴と能力は関係ある」と考えているのであれば、そうした者からの評価は客観的な真実(=被評価者の本来の能力)とは異なったものとなる。すなわち、学歴がないことが不利に作用しうる。この観点から考えると、「学歴の意味や価値」は、ときに実際の能力以上に大きなものとなる。

6.福澤諭吉の「学問のすゝめ」が意味するもの

 学歴を考える上で触れておきたいのは、福澤諭吉の言葉である。武士であり教育者であり、蘭学塾(後の慶應義塾)の創設者である福澤諭吉は、「学問のすゝめ」を出版し、その冒頭で「天は人の上に人を造らず。人の下に人を造らず」との言葉を残した。
 この言葉は現在でも広く知られており、「万人は平等である」との意味が込められていると解釈されているが、福澤諭吉が真に伝えたかったことはこの言葉の続きにある。
 言葉の続きには、「医者や学者、政府の役人、または大きな商売をしている者は、天より定められたものではなく、学問があるからだ。人は生まれながらにして貴賤貧富の違いはなく、学問を勤めて物事をよく知る者は貴人や富人となり、無学のものは貧人・下人となる」と続く。すなわち、福澤諭吉は貴賤貧富の差は家柄や出生ではなく、学問の有無によって決まるため、人は学問に励むべきだと述べている。まさに、「学問のすゝめ」である。

 現代社会にて、必ずしも「学問=学歴」とはならないが、自身の能力を高め、そして他者からの評価(とりわけ学歴と能力が直結するという誤った認識をもった評価者からの評価)をより高いものにするためには、学歴と向き合うことに大きな意味があるといえる。

【参考文献・参考サイト】
・厚生労働省「令和元年賃金構造基本統計調査 結果の概況」
・青山学院大学図書館・女子短期大学図書館「学歴社会における学歴(渡辺良智)」
・PRESIDENT Online「30代後半以降は実績重視。結果を出せば認められる!」
・PRESIDENT Online「エリートコースから脱線した「早慶OB・現役生の残酷すぎる現実」」
・DIAMOND online「卒業生の年収が高い大学ランキング!【ベスト30位・完全版】」
・現代ビジネス「週現スペシャル あなたの職場にもいるでしょ?「勉強はできるのに、仕事はできない人」の研究」

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