コラム

飼い犬と飼い主の絆に迫る「ペットの脳科学」
~イヌとヒトの心と感情を探る~

古くからヒトの友であるイヌは、数多くいる動物の中でも最古のパートナーである。犬のペットとしての歴史は1万年以上にわたり、今から1万5000年前の遺跡からはイヌとヒトがともに埋葬された状態で見つかっている。また、犬の姿が描かれている石柱が1万2000年前の遺跡から発見されている。
人類学の観点からみると、イヌがいない社会や文化は世界中をみても稀である。現代社会においても、イヌは猟犬、牧畜犬、牧羊犬、警察犬、盲導犬、聴導犬、介護犬、災害救助犬、番犬、そしてペットとして多用されている。
イヌは、ヒトの感情を読む。例えば飼い主があくびをすると、イヌもそれにつられる。これは、他の動物としてはチンパンジーでしか確認されていない。それほどまでに、ヒトとイヌは特別な関係にある。

ここでは、そんなイヌの心や脳だけでなく、イヌを飼う飼い主の心についてもみていく。

ヒトは何故、イヌに可愛さを感じるのか


野良の子犬は、生後2〜3ヶ月でさまざまな理由から母犬に捨てられる。子犬は、世話をしてくれる母親がいなくなると1歳までに命を落とす確率が約90%になる。すなわち、母犬がいない子犬は、全体の10%ほどしか生存できない。
母親に捨てられた子犬は、生存のためにどのような戦略をとることができるか。最新の研究によれば、子犬が十分に可愛ければ人のペットになって生き延びる確率が高まることが分かっている。

とある研究で、大学生51人に月齢の異なる子犬たちの写真を見せてそれぞれの魅力を評価してもらった。子犬たちの月齢は生後0週〜7ヶ月。実験の結果、最も魅力的と評価された時期は全ての子犬で生後6〜8週に収まっていた。

別の研究では、ゴールデン・レトリバーを連れてキャンパスを歩き回り、学生たちの反応を見る実験が行われた。ゴールデン・レトリバーが生後10週のときに実験を開始し、5ヶ月にわたって続けられた。実験開始直後は多くの学生を引きつけたが、ゴールデン・レトリバーは生後33週を迎えるまでに可愛さがピークに達し、その後は学生たちの愛情が薄れていった。

母犬に捨てられた子犬は、人に保護されるために生後約6〜11週で最も魅力的になるよう進化してきたと考えられている。ヒトには、対象がどのような生き物であれ、特に魅力的と感じる特徴がいくつかある。前を向いた大きな目、よちよち歩きの不安定な四肢、丸く柔らかい身体。そして、身体に対して大きな頭などである。これらの特徴は「ベビースキーマ」と呼ばれ、ヒトの乳児にも見られる。ヒトがこれらの特徴を目にすると脳の意思決定を司る部位が活性化され、乳児を守り、育てなければならないと感じるようになる。子犬(と乳児)はこうしたヒトの習性を利用して、自らの安全を確保している。

飼い主と飼い犬の性格は似る


飼い犬の性格は、飼い主と似るという研究成果が発表されている。
この調査では、1,681匹の犬の飼い主たちが自分の性格と飼い犬の性格について質問票に記入する形で行われた。その結果、犬と飼い主は性格の特徴が似ていることが分かった。例えば、同調性が高い人は活動的で興奮しやすい(しかし攻撃的でない)犬を飼う傾向にある。また、誠実な性格の飼い主は飼い犬について「よく訓練されている」と評価し、神経過敏な飼い主は「自分の犬は怖がり」とする傾向があった。

犬と飼い主の性格に類似が見られるのは何故か。人が犬を飼う(選ぶ)とき、無意識に自身の生活リズムに適応できそうな犬に惹かれる傾向があるからと考えられている。すなわち、おとなしい人はおとなしい犬を選び、活動的な人は活動的な犬を選ぶ傾向があると考えられている。そして、飼った後は意識的な訓練や日々の関わり合いの中で、飼い主が飼い犬の行動を形成していく。つまり、人によって犬の性格が変わっていく。

イヌは何を求め、何に喜ぶのか

犬が何に喜ぶのかを調べた実験によると、子どもが犬に話しかけたり、犬用のおもちゃで遊んだりした場合には犬が特に喜ぶ様子を見せた。これに対して、子どもが犬をブラッシングしたり、犬の絵を描いたりしたときは、前者ほど喜ぶ様子を見せることはなかった。
犬をはじめ、ペットは食べものをもらうことで大いに喜ぶという印象をもたれるかもしれないが、実験によれば大半の犬は、食べものを与えられた場合と褒められた場合の両方で同じような反応を見せた。すなわち、犬にとっては褒められることは食べものをことと同じくらい嬉しいことといえる。

犬が何に嫉妬するのを調べる実験も行われた。実験は36匹の犬を対象に、それぞれの飼われている家で行われた。実験者は、飼い主が犬を無視しているときと犬のぬいぐるみやハロウィンのカボチャに似せたバケツで遊んでいるとき、さらには飛び出す絵本を大きな声で読んでいるときの犬の反応をビデオで撮影した。その結果、犬がそれぞれの「ライバル」を見定め、行動を起こしてもよいかどうか判断している様子がみられた。行動を起こした場合、犬は懸命になって飼い主と「ライバル」との関係を断とうとした。
観察対象となった36匹のうち、犬のぬいぐるみをなでたり優しく話しかけたりしている飼い主を押したり触ったりした犬は78%だった。飼い主が同様の行動をカボチャ型のバケツに行ったときに取り乱したのは42%で、絵本を読んでいるのを気にしたのは22%にとどまった。ぬいぐるみに噛みついた犬が全体の25%だったのに対して、バケツや本に噛みついたのは3%以下だった。

こうした実験結果から、イヌはヒトの愛情や温もりを求め、興味を引きたい(飼い主を独占したい)と考えていることが分かる。イヌとヒトは、これまでも、そしてこれからも良きパートナーであり続けるのかもしれない。

関連書籍

参考サイト/参考文献

◆参考サイト
・犬のいちばんかわいい時期が判明、最新研究
・「犬の性格は飼い主に似る」は本当だった
・人々を癒やすセラピー犬、犬はどう感じている?
・犬にも感情がある、MRIで確認
・犬は飼い主を取られると嫉妬する

◆参考文献
ヒトの心はどう進化したのか -狩猟採集生活が生んだもの

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