コラム

【詳説】精神病・精神障害(精神疾患)の違いとは?種類や症状、特徴、治療法を分かりやすく解説

 精神病や精神障害ともよばれる精神の病。一般社会では精神病と精神障害だけでなく、精神疾患なども区別されることなく用いられる傾向にあります。これらは精神医学の分野でも明確な定義があるわけではありませんが、大まかに区別されて用いられる傾向にあります。
 ここでは、そんな精神病・精神障害・精神疾患について、その違いや発症にいたる原因、そして今日にいたるまでの歴史についてみていきます。

【目次】
1.精神病の歴史
2.精神病・精神障害・精神疾患の違い
 ・精神病とは
 ・精神障害と精神疾患
3.精神疾患の主な原因
 ・内因性の精神疾患
 ・外因性の精神疾患
 ・心因性の精神疾患
4.精神疾患の主な治療法
 ・薬物療法
 ・精神療法
5.違いよりも、特徴を知る

1.精神病の歴史


 精神の病は、古来より悪霊や悪魔、または動物などが憑いたことで生じる症状であると考えられていました。そのため、暴力的な悪魔祓い(ばらい)や病者を清めるための痛みをともなう治療がおこなわれていました。

 15世紀初頭、精神病患者の収容施設として世界で初めて癲狂院(てんきょういん)がスペインのヴァレンシアに開設されると、他国も同様に開設しました。しかしこれらの施設では、精神病患者は服従させるべき動物のように扱われていました。15世紀頃のヨーロッパでは魔女狩りが盛んに行われるようになり、その中で多くの精神病患者が処刑されました。
 16世紀になると、医学は急速に進歩しました。しかし、脳や心の健康の研究は身体医学と比較すると後れをとっていました。
 18世紀の終わりが近づいた1789年、フランス革命が勃発。自由・平等・友愛の理想が掲げられた市民革命は、精神病患者に対する考え方に影響を与えました。精神病院で動きを束縛するための鎖や拘束服、または病を振り払うための回転椅子に縛られていた精神病患者は解放され、ようやく人道的な処遇が与えられるようになりました。
 20世紀になると、『患者の話に耳を傾けるだけで精神病者を直す』という考え方がジークムント・フロイトから提唱されました。こうして、精神病の理解は進むようになりました。とはいえ、まだそのすべてが解明されていないというのが現状です。

 かつて、医学の世界では幻覚症状がみられる状態などを漠然と『精神病』として扱ってきましたが、現在では幻覚症状の原因が精神的な疾患にあることから他の精神的な疾患と併せて『精神疾患』として扱われています。すなわち、上述したように『精神病』は今や古い概念であり、現代精神医学ではかつて精神病と呼ばれた症状も含めて、精神の病を総じて『精神疾患(精神障害)』としています。

2.精神病・精神障害・精神疾患の違い



 精神医学は、精神を病む患者を診断・治療し、身体および精神の回復を目的とした研究をおこなう学問領域です。主に、『精神病』や『精神障害』、または『精神疾患』とよばれる病状の研究が該当します。
 『精神病』や『精神障害』、または『精神疾患』という文言は一般社会の中では特に区別されることなく用いられる傾向にありますが、精神医学の世界ではこれらはそれぞれ大まかに区別される傾向にあります。

■精神病とは


 一般社会では、精神に関する病を総じて『精神病』と称することが多くなっています。精神医学の世界でも、かつては一般社会と同様に『精神病』と称し、精神医学を『精神病学』とする時代がありました。今日においては、精神に関する病を総称して『精神病』とすることはありませんが、精神障害の中でも特に重度のものに限っては、精神病と称することもあります。
 なお、精神医学に関してまとめられているICD-10(世界保健機関が制定した国際疾病分類の第10版)やDSM-Ⅳ(米国精神医学会から発表される精神疾患の診断・統計マニュアルの第4版)では、精神病という文言は用いないとされています。また、日本で以前に『精神分裂病』と呼ばれていた症状が現在では『統合失調症』と変更されたことから、『精神病』という名称が偏見をもたらしかねないために近年では用いられないようになりつつあります。

■精神障害と精神疾患


 『精神障害』は、原因が不明であるにもかかわらず、精神に関する一定の機能が障害された状態を指します。これに対して『精神疾患』は、原因や病態・症状、もしくは検査所見、経過・予後などによってひとつのまとまった病気とみなすことができる状態を指します。
 アルツハイマー病のように脳の器質性の病気は“精神疾患”という名称が用いられる傾向にありますが、統合失調症のようにひとつのまとまった原因や病態・症状もしくは検査所見、経過・予後が見いだされないものに関しては、“精神障害”という名称が用いられやすい傾向があります。

 なお、専門書によっては精神の病を『神経疾患』と『精神疾患』に大別しているものもあります。この立場では、『神経疾患』は“脳という器官や神経細胞の異常が明らかになっている病気”と定義し、『精神疾患』は“脳や神経に異常が明らかになっていない心の病気”と定義しています。

 これらの分類方法の相違から、精神の病を厳密に表す言葉は未だ明確に定められていないことがわかります。

3.精神疾患の主な原因


 ここでは、精神の病を精神医学の観点から考えるため、『精神疾患』の名称で統一してその原因についてみていきます。
 精神疾患の原因は、主に3つに分類することができます。それぞれ、体質的な素因が原因となる『内因』、身体的な病気が原因となる『外因(身体因)』、心理的な素因が原因となる『心因』です。なお、『外因(身体因)』は、脳器質性、病状性、中毒性に分類することができます。

■内因性の精神疾患


 内因性の精神疾患は、その人が生まれながらに持っている遺伝的な要素や体質から発症する精神疾患です。なお、いわゆる遺伝病とは異なり、必ずしも親から子へと受け継がれるものではなく、“発症しやすい体質”が受け継がれると考えられています。
 内因性の精神疾患の代表的な症状は、『統合失調症』です。意欲の低下や自閉、倦怠感、さらには幻覚や妄想、思考障害などの症状がみられます。

■外因性の精神疾患


 外因性の精神疾患は、脳の病気や外傷など、外部からの原因によって発症する精神疾患です。代表的なのは、脳が器質的に変化することで生じる『器質性精神疾患』です。事件や事故によって脳が損傷した場合に、記憶の喪失や幻覚の体験、性格の変化などがみられるようになります。こうした症状は、事件・事故以外にも脳腫瘍や脳血管性障害、アルツハイマー病などによっても生じます。
 器質性精神疾患以外にも、脳以外の身体の疾患が原因となって脳機能に影響を与えることで生じる『症状性精神疾患』や、アルコール・薬物などが原因となる『中毒性精神疾患』があります。

■心因性の精神疾患


 心因性の精神疾患は、ストレスや不安、葛藤などの心理的な要因から発症する精神疾患です。ストレスや不安などの大きさだけでなく、その人の性格も発症に関係しています。
 心因性の精神疾患の代表的な症状は、『不安障害』です。さまざまな刺激に対して、強い不安や恐怖をいだきます。

 ストレスには、不安や恐怖、嫉妬や劣等感、怒りなどの心理的ストレス以外にも、転勤や引越、離婚などの社会的ストレス、温度や音などの物理的ストレス、細菌やウイルスなどの生物的ストレス、たばこやアルコールなどの化学的ストレスなどがあります。

4.精神疾患の主な治療法



 精神疾患の治療法は、主に『薬物療法』と『精神療法』に分類されます。

■薬物療法


 精神疾患の薬物治療では、脳内の神経伝達物質に作用して症状を抑える『向精神薬』が用いられます。『向精神薬』という言葉は、1548年にはじめて使われたといわれています。

 近代薬学の歴史をみると、1800年代のはじめにアヘン(ケシ)からモルヒネが取り出され、1855年にはコカの葉からコカインが分離されました。しかし、薬物の成分を科学的に合成する作業が可能となったのは、1865年に『ベンゼン環』が発見されて以降です。

 向精神薬の歴史は数百年前にさかのぼるといわれますが、現在の『向精神薬』と呼ばれる薬物が開発されたのは、1950年になってからのことです。
 向精神薬が登場する以前に主流だった『鎮静薬』は、“意識”を抑える麻酔作用によって症状(患者)を鎮静させるものでした。これに対して、向精神薬は決められた量の服用であれば人の意識に影響を及ぼすことはありません。意識に影響を与えることなく感情や思考、意欲などに作用して精神症状を改善させることができるのが、向精神薬の特徴です。

 脳内には神経伝達物質とよばれる化学物質があり、脳内の神経細胞間の情報伝達に関わっています。これらの神経伝達物質の働きが過剰もしくは低下することで、精神疾患が生じることが確認されています。神経伝達物質は、1900年代になってさまざまな種類が発見されています。
 (※以下の(  )内は発見された年。)

・ノルアドレナリン(1946年)
 覚醒力が強く、気分を高揚させる神経伝達物質。血圧の上昇や不安にも関係している。

・GABA(ギャバ)(1950年)
 不安を鎮めたり、睡眠を促したりする神経伝達物質。情動や気分にも関係している。

・セロトニン(1952年)
 脳の覚醒や活動を抑える神経伝達物質。睡眠にも関係している。

・ドーパミン(1957年)
 精神活動を活発にして、快感を与える。

 向精神薬は、上記のような神経伝達物質の働きを阻害したり活性化させたりすることで精神状態を改善させる効果をもちます。主に以下の5種類に大別でき、症状によって使い分けられます。

・抗精神薬病


 精神活動を活発にするドーパミンを受け取る“受容体”に作用することで、ドーパミンの働きを抑えます。統合失調症急性期にみられる妄想や幻覚を抑えるのに効果的です。

・抗不安薬


 ヒトが不安や恐怖が生じるのは、脳内でノルアドレナリンなどの放出量が一時的に増えるためです。そんなノルアドレナリンの放出を抑制する神経伝達物質のひとつが、GABA(ギャバ)です。抗不安薬は、GABAの働きを高めることで不安や恐怖、イライラ、緊張を軽減します。なお、不安から引き起こされる血圧上昇や腹痛、手の震えなどの身体症状にも効果的です。

・抗うつ薬


 脳を覚醒させる効果を持つセロトニンやノルアドレナリンが脳内で回収される(=効果をなくさせる)ことを防ぎ、セロトニンやノルアドレナリンの働きを高めて抑うつを改善します。

・睡眠薬


 GABAの働きを強めることで、脳の興奮を鎮めます。不安を軽減する効果もあります。近年では、体内を安静化させる働きをもつ副交感神経を優位にすることで眠りを促す薬や、脳の覚醒を維持する脳内物質をブロックすることで睡眠効果を発揮する薬も登場しています。

・気分安定薬


 気分が落ち込む“抑うつ状態”と、気分が高揚する “躁状態”を繰り返す『双極性障害』のうち、躁状態の治療に用いられます。異常な気分の高揚を抑える効果があります。
 双極性障害の抑うつ状態では、『気分安定薬』ではない『抗うつ薬』を用いることで躁状態に切り替わったり、躁状態と抑うつ状態を急速に繰り返す状態に陥りやすくなります。したがって、治療の際には気分安定薬を単独で、もしくは抗うつ薬と併用して用いるのが一般的です。なお、気分安定薬が脳内でどのような作用しているのか、なぜ効果が現れるのかについてははっきりとは分かっていません。
 向精神薬は、気分安定薬を除いて一般的に安全性が高く、決められた用量であれば危険性はありません。なお、口の渇きや便秘、不整脈などの副作用がみられやすいという性質があります。
 向精神薬には幻覚や妄想などの症状を抑えたり、不安や恐怖、イライラを和らげる効果があり、抑うつや不眠の改善にも効果的です。もっとも、精神疾患を『完治』させることはできず、症状を“制御”するだけであるという点に注意が必要です。

■精神療法



 精神療法は、精神科医や臨床心理士などの専門家が、患者との心理的交流を通じていく治療です。心理療法士や臨床心理士が行う場合は、心理療法やカウンセリングとも呼ばれます。
 心の病は、これまでに見てきたように脳内の神経伝達物質の異常が原因のひとつなっています。しかし、こうした生物学的な要因だけでなく、ストレスや価値観、性格などの要因が複雑に絡み合って発症する場合もあります。それゆえ、治療の効果を高めるために薬物療法と併用して精神療法が行われることも多いのが特徴です。
 精神療法は、治療者と患者が1対1で行う個人精神療法と、治療者と複数の患者で行う集団療法があります。また、治療期間の長さによって短期精神療法と長期精神療法とに分類できます。

 精神療法を技法によって分類すると、主に以下の4種類に大別できます。

・支持療法
 患者の心の深層には立ち入らず、受容・共感することで適応能力の回復を図る。最も行われる方法で、説明、説得、激励、助言、指導などの技術があります。
 支持療法のひとつである『支持的精神療法』では、主に患者の気持ちを受け入れ、支え、勇気づけていくことで生活能力の回復を図っていきます。患者の自我機能に大きな障害がある場合などに効果的です。

・表現療法
 患者が抱えている過去の情緒的体験や葛藤を自由に表現することで、心理的ストレスを取り除く方法です。場合によっては、催眠や薬で特殊な状況をつくって行われることもあります。具体的な療法としては『芸術療法』や『箱庭療法』などがあります。

 『芸術療法』は、絵画や音楽、造形、コラージュ(雑誌や広告などから写真・マンガ・見出しの文字などを切り抜き、貼り合わせてひとつの作品にしていく方法)などの表現活動を通じて行う精神療法の総称です。表現療法のメリットは、主に3つある。ひとつは、言語化することができない葛藤を表すことができるという点です。もうひとつは、ヒトが生まれながらにして持っている“表現したい”という欲求を満たすことができるという点です。最後に、言語表現が苦手な子どもでも心を表現することができるという点です。なお、治療の効果がみられない、もしくは悪化がみられる場合には、患者が治療の継続を望んでも中断する必要があります。

 『箱庭療法』は、砂を入れた箱の中に人間や動植物、建物、柵、乗り物などのミニチュアを自由に配置してもらうことで患者に心の葛藤を表現してもらう療法です。治療者は箱庭の作成段階から慎重に観察し、完成した箱庭についての説明を患者に求めることで内面の理解を深めたり、治療の参考にします。主に子どもを対象として行われてきましたたが、近年では大人の心身症などにも用いられるようになっています。

・洞察療法
 患者が抱えている心理的葛藤、あるいは性格や考え方の偏りについて患者自身が洞察することで、人格構造の変化を目標とする療法です。主に『精神分析療法』や『来談者中心療法』などがあります。

 『精神分析療法』は、患者の無意識の中に押し込められた葛藤を呼び起こして意識化し、それを分析することで心の病の治療を試みる療法です。自由連想法や夢判断などが方法として挙げられます。現在ではパーソナリティ障害や神経症など、限られた疾患に対して行われてます。

 『来談者中心療法』は、治療者による指示や批判、説得などの技術を排除し、来談者の話にひたすら耳を傾けて受容する療法です。従来の“指示的精神療法”に対して、“非指示的精神療法”と呼ばれることもあります。
 来談者中心療法は、『ヒトには自ら成長していく力が備わっている』という考え方に基づいています。それゆえ、来談者が自身の抱える問題に気づき、解決策を発見する過程が重視されています。

・訓練療法
 患者の行動や考え方を対象にした学習や訓練を通じて、適応能力の回復や症状の改善を目指す療法です。代表的な療法に、『認知療法』『行動療法』『マインドフルネス』などがあります。

 『認知療法』における“認知”とは、ものの見方や捉え方を指します。この療法では、いわゆる悲観的な見方や捉え方(マイナス思考)による認知の歪みを是正していくことで治療を図ります。1960年代にアメリカでうつ病の治療を目的として考案され、1980年代後半以降に日本でも普及しました。現在ではうつ病の治療以外にも用いられるようになりました。

 『行動療法』は、患者に現れている症状や行動そのものを修正することで心の利用を図る療法です。行動療法では、患者に現れる“不適切な行動”は『適応行動を学んでいない』、もしくは『不適応行動を学んだ』ために現れていると考えられます。そこで、適応行動を学ぶ(もしくは不適応行動を正しい行動で上書きする)ことで症状の軽減を目指します。

 『マインドフルネス』は、不安や何かしらの症状があった場合に無理に払拭しようとするのではなく、座禅や瞑想の姿勢をとって受け入れようとすることで次第に不安や症状を軽減する方法です。1970年代にアメリカの研究者によって考案され、2000年代にイギリスで抑うつ障害の治療に応用されるようになりました。日本では2010年ごろから臨床心理の現場や精神科で取り入れられるようになり、効果を上げています。抑うつ障害だけでなく、不安症やPTSD(心的外傷後ストレス障害)、摂食障害、慢性的な痛みにも効果があると考えられています。

5.違いよりも、特徴を知る


 違いが問われることも多い『精神病』『精神障害』『精神疾患』。厳密な区別があるわけではありませんが、通例としておおよその区別はなされています。ここではそれぞれの違いについて触れましたが、重要なのはそれぞれの厳密な定義よりも、その症状や原因、治療法といえます。

関連書籍

◇参考文献
●『現代精神医学事典』(弘文堂)
●『精神医学の歴史』(第三文明社)
●『やさしくわかる!精神医学』(ナツメ社)
●『脳と心のしくみ』(新星出版社)
●『ぜんぶわかる脳の事典』(成美堂出版社)

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