コラム

大学受験は、知能を高めるための効果的な思考訓練となる。

 言語能力は、知能と一定の関連性がある。それゆえ、ヒトの知能を高めるための思考訓練として言語の高度な運用が効果的となる。ここでは、知能を高めるための“言語を用いた思考訓練”として母国語を用いる場合と外国語を用いる場合について、過去に大学入試で出題された問題とともにみていく。

【目次】
1.「勉強の意味」が分からない高校生が知っておくべきこと
2.母国語の活用による「推論」と「論理的思考・構成」
3.外国語の学習による「抽象的思考」
4.知能を高めるために

1.「勉強の意味」が分からない高校生が知っておくべきこと


 高校生(または小中学生)にとって勉強とは、多くの場合に退屈で苦痛で、その有益さや価値を見出すことが難しいと感じるかもしれない。しかし、勉強(学習)こそがヒトの進化を促し、社会や文化、科学技術を発展させてきた要因に他ならない。

 かつて、ヒトの知能は推論や抽象的思考・論理的思考の獲得によって高まっていった(※参考:ヒトの知能の高さは、言語能力によって実現された。【言語の脳科学・人類学・進化学】)。このことから、知能を高めるための思考訓練として推論や抽象的思考・論理的思考を行うことが効果的であることが分かる。知能と言語能力には一定の関連性があるので、“言語を用いた”推論および抽象的思考・論理的思考がヒトの知能を高めるために効果を発揮する。

 推論の能力を養う訓練としては、「心の理論」に基づく言語の活用(=文章作成)が高い効果を発揮する。自身の意図を伝達するために文章作成を行う場合、伝達する相手の心を推測する必要がある。それゆえ、推測した心に合わせて行う文章作成は、推論の能力を養う訓練となる。文章作成は推論の能力を養う訓練となるだけでなく、構成や論理展開を意識して行われることで論理的思考を養う訓練にもなる。

 推論や論理的思考を養う思考訓練としての文章作成では自身の意図を正確に相手に伝えることが求められるため、最も習得度が高い言語(=母国語)で行われるべきであるといえる。なお、母国語で行われる文章作成は推論や論理的思考を養う思考訓練となるだけでなく、抽象的思考を養う訓練にもなる。もっとも、より抽象的思考を養うためには母国語の活用以上に「外国語の学習」が高い効果を発揮する。
 抽象的思考は、“眼前にない、もしくは具体的な形を持たない概念を想像する知的活動”と定義付けることができる。こうした知的活動の例の一つとして、「文法構造の理解」を挙げることができる。文法構造は“眼前にない、もしくは具体的な形を持たない概念”であり、それゆえ文法構造を理解するためには言語で体系化されている規則の理解が不可欠となる。このことから、文法構造の理解には一定の抽象的思考が求められることが分かる。なお、母国語の文法構造の理解が無意識に行われるものであるのに対して、外国語の文法構造の理解は意識的な学習によって行われる。それゆえ、外国語の習得は母国語の習得以上に高度な抽象的思考が必要となる。
このことから、抽象的思考を養う訓練としては「外国語の学習による“文法構造の理解”」が高い効果を発揮することが分かる。

 ヒトの知能を効果的に高める方法としては、「母国語の活用による推論および論理的思考と構成」、「外国語の学習による抽象的思考」がある。

2.母国語の活用による「推論」と「論理的思考・構成」


 母国語の活用は、推論の能力を養うという点で知能を高める思考訓練となる。推論の能力を養う思考訓練の一つとして、いわゆる“正確性の高い文章”を書くことが挙げられる。
“正確性の高い文章”は、「書き手(話し手)の意図を読み手(聞き手)が正確に認識できる文章」と定義づけられる。たとえ文法上の誤りがない文章であっても、書かれた文章が読み手に、書き手の意図と異なる認識をさせるものであれば“正確性の高い文章”とはならない。

“文法上の誤りはないが、必ずしも正確性が高いとはいえない文章”の例

 言語能力(=文章能力)は、文章の読み手の意図を推論できる能力に比例する。これは言い換えると、読み手の意図を推論しなければ、“正確性の高い文章”(=書き手の意図を読み手に正しく認識させる文章)を作成することができないことを意味している。
 以下の例文は、“文法上の誤りはないが書き手の意図が読み手に正しく伝わらない文”の一例である。

「真樹は可南子と一緒にブランコに乗る里菜を見た。」

 この文の特徴は、2つの解釈が可能となっている点にある。1つ目の解釈は、「一人でいる真樹が、二人でブランコに乗っている里菜と可南子を見た。」という解釈である。もう1つの解釈は、「二人でいる真樹と可南子が、1人でブランコに乗っている里菜を見た。」という解釈である。

 例文の「真樹は可南子と一緒にブランコに乗る里菜を見た。」という文には文法上の誤りはないが、2つの解釈が可能であるという点で“書き手の意図を読み手に正しく認識させる文”にはなっていない。よって、“正確性の高い文章”とはいえない。

 この例文を“正確性の高い文章”とするためには、前者の解釈を伝えるのであれば「真樹は、可南子と一緒にブランコに乗る里菜を見た。」とすることが望ましく、後者の解釈を伝えるのであれば「真樹は可南子と一緒に、ブランコに乗る里菜を見た。」とすることが望ましい。

 読み手の解釈を誤ったものにしないためには、文法規則の習得だけでなく、読み手がどのような文を読むことで、どのような認識に至るのかを推測する必要がある。すなわち、文中の各単語の意味や配列・順序がそれぞれ読み手にどのように解釈されるのかという点を、書き手は推論の能力を用いて把握する必要がある。
 “正確性の高い文章”は、文法上の誤りを回避するだけでなく、「心の理論」に基づいて読み手の認識を推論しなければ作成することができない。このことから、母国語を活用した“正確性の高い文章”の作成は、推論の能力を養う思考訓練となることが分かる。

母国語の活用による「論理的思考と構成」

 母国語を活用した文章作成は、推論の能力を養う以外にも構成や論理的思考の能力を養う訓練となる。
 かつてヒトは、複数の長期記憶を用いて筋書を構成し、眼前にない状況や未来を想像することを可能とした。また、短期記憶が強化されるにつれて論理的思考を可能とした。こうした「長期記憶と短期記憶」の獲得は、ヒトが論理的な筋書を構成することを可能とし、ヒトの知能を高めていく要因となった。

 構成力や論理的思考力は、ヒトの知能の高さと一定の関連性を有する。それゆえ、知能を測定することを目的として、大学入学試験では構成力や論理的思考力を測るための問題が出題される。たとえば、東京大学の入学試験では以下のような問題が出題される。

◆(東京大学 2005年度入学試験問題 「世界史」 第1問)

人類の歴史において、戦争は多くの苦悩と惨禍をもたらすと同時に、それを乗り越えて平和と解放を希求するさまざまな努力を生みだす契機となった。
第二次世界大戦は1945年に終結したが、それ以前から連合国側ではさまざまな戦後構想が練られており、これらは国際連合など新しい国際秩序の枠組みに帰結した。しかし、国際連合の成立がただちに世界平和をもたらしたわけではなく、米ソの対立と各地の民族運動などが結びついて新たな紛争が起こっていった。たとえば、中国では抗日戦争を戦っているなかでも国民党と共産党の勢力争いが激化するなど、戦後の冷戦につながる火種が存在していた。
第二次世界大戦中に生じた出来事が、いかなる形で1950年代までの世界のありかたに影響を与えたのかについて、解答欄(イ)に17行(510字)以内で説明しなさい。その際に、以下の8つの語句を必ず一度は用い、その語句の部分に下線を付しなさい。なお、EECに付した(   )内の語句は解答に記入しなくてもよい。

大西洋憲章  日本国憲法  台湾  金日成  東ドイツ
EEC(ヨーロッパ経済共同体)  アウシュビッツ  パレスチナ難民

 多くの大学の入学試験にて短答の空欄記入式や一問一答式で歴史上の出来事や人物、地名を回答させる問題が出題されているのに対して、東京大学のような難関大学では入学希望者の知能を測定するために、高度な構成力と論理的思考力が求められる記述・論述式の問題が出題されている。
上記の問題では、各語句に関して長期記憶として蓄積されている知識の量を測るだけなく、一見すると各々の関連性が弱いとされる語句に関する詳細な情報を用いて戦時中から戦後に至る全体の流れを構成し、なおかつ論理的に展開する能力を測る意図が含まれている。

 解答では、アメリカ・ソ連・ヨーロッパ・中東・アジア各国の動向を、戦時中と戦後に渡って展開していくよう構成することが求められている。

◆解答例
 1941年6月の独ソ戦開戦は、ユダヤ人のアウシュビッツ強制収容所などへの移送や大量殺戮といった迫害を生み出した。同年8月、米英両首脳は大西洋憲章を発表し、民族自決や領土不拡大、国際機構の再建など、戦後の平和秩序を目指す理念を掲げた。1945年のヤルタ会談では米英ソ三国の関心は戦時協力から戦後協力へと移ったが、欧州の戦後処理についての合意は不十分でドイツの領土処理などの問題が残った。

 終戦後、ドイツは米英仏ソ4ヶ国によって分割占領され、後の米ソ対立により西ドイツと東ドイツに分断された。かつてドイツで迫害されたユダヤ人はパレスチナに移ることで、アラブ系住民を難民化させるパレスチナ難民問題を生じさせた。欧州では、米国が西欧の共産化を防ぐべく欧州復興計画を発表することで西欧経済協力がはじまり、後にEECが創設された。
 日本は連合国の占領下で日本国憲法を公布することで、復興の道を進んだ。日本の統治から解放された朝鮮では独立政府樹立の動きがはじまり、李承晩と金日成がそれぞれ大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の首脳となった。抗日戦争を終えた中国では国民党と共産党の対立が再燃し、中華人民共和国が成立して中華民国が台湾に移転した。
(510文字)

 解答例では、戦時中にアメリカ・イギリス・ソ連を中心としてヨーロッパで生じた出来事が戦後のヨーロッパをはじめ、中東やアジアに影響を与えた点についてまとめている。「戦時中→戦後」という構成の中で「ヨーロッパ→中東・アジア」という影響の範囲の広がりについて展開することで、設問で試されている“第二次世界大戦中に生じた出来事が、いかなる形で1950年代までの世界のありかたに影響を与えたのか”について解答している。

 こうした特定のテーマに基づく「母国語を活用した文章作成」は、推論の能力を養うだけでなく構成や論理的思考の能力を養い、知能を高める訓練となる。

3.外国語の学習による「抽象的思考」


 ヒトが言語を習得する方法は、2つに大別できる。1つは「無意識での習得」であり、もう1つは「(学習などを通じた)意識的な習得」である。「無意識での習得」には主に母国語の修得が当てはまるのに対して、「意識的な習得」には主に外国語の習得が当てはまる。

 日本語を母国語とする場合、日本語の文法規則は意識的な学習によってではなく無意識によって習得される。たとえば、日本語における「~は」と「~が」の性質には以下のような違いがあるが、日本語を母国語とする場合はこうした違いを無意識の内に理解し、使い分けることになる。

「は」と「が」の違い

「~は」と「~が」は、いずれも主語に対する助詞として用いられる。

例:あの人は先生です。
例:あの人が先生です。

 「~は」と「~が」には、以下のような違いがある。

≪1.“未知の情報”の場合は「が」、“既知の情報”の場合は「は」≫

例1:昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
⇒前者の「おじいさんとおばあさん」は未知(=初出)の情報であるため「が」を用い、後者の「おじいさんとおばあさん」は既知(=既出)の情報であるため「は」を用いる。

例2:その時、突然彼が現れた。彼はそのままじっと立ち尽くしていた。
⇒前者の「彼」は未知(=初出)の情報であるため「が」を用い、後者の「彼」は既知(=既出)の情報であるため「は」を用いる。

例3-1:彼女が先生です。
例3-2:彼女は先生です。
⇒前者の「が」は未知の情報を表し(=“彼女”が初めて登場した)、後者の「は」は既知の情報を表している(“彼女”は既に登場していた)。

≪2. “判断文”(=主観的な情報の描写)の場合は「が」、“現象文”(=客観的な情報の描写)の場合は「は」≫

例1:太陽が高いところにある。
例2:太陽は高いところにある。
⇒前者の「が」は判断(=主観的な情報の描写)を表し、後者の「は」は現象(=客観的な情報の描写)を表している。

例1:海が青い(主観的な判断を表している)
例2:海は青い(客観的な現象を表している)

≪3.主格が節の途中までしか続かない場合は「が」、節の最後まで続く場合は「は」≫

例1:彼がピアノを演奏するとき、私は目を閉じる。(「彼が」という主格は節の途中までしか続かない)
例2:彼はピアノを演奏するとき、いつも目を閉じる。(「彼は」という主格は節の最後まで続く)

 日本語を母国語とする場合、上記のような「は」と「が」に関する規則は無意識のうちに習得される。それゆえ、以下のような誤った表現をすることはない。

◆「は」と「が」の使い分け

例:あの人は先生です。 ⇒ ○
例:あの人が先生です。 ⇒ ○
例:あの人は誰ですか ⇒ ○
例:あの人が誰ですか ⇒ ×

 日本語を母国語とする場合は上記の違いを意識的な学習ではなく無意識にて習得するため、日常生活の中で使い分ける際に高度な思考や判断は求められない。これに対して、日本語を意識的な学習によって習得しなければならない外国人の場合、日常生活の中で使い分ける際には上記の規則を理解した上で高度な思考や判断が求められることになる。

 外国人が日本語を学習する際に高度な思考や判断が求められるのと同様に、日本人が英語を学習する際には様々な文法規則を無意識ではなく意識的に学習することが求められ、活用の際には高度な思考や判断が求められる。
 外国語の学習の一例として、英語の「単数形」と「複数形」の学習が挙げられる。

「単数形」と「複数形」の違い

 英語では通常、主語が単数か複数かによって動詞を変化させる必要がある。英語を母国語としない場合、こうした動詞の単数形と複数形の違いを習得するためには意識的な学習が必要となる。

例:「The dog is very cute.」
(その犬はとても可愛い)
⇒主語が単数のため、動詞は“is”

例:「The two dogs are very cute.」
(その2匹の犬はとても可愛い)
⇒主語が複数のため、動詞は“are”

 上記の例は、最も単純な規則の一つである。なお、場合によっては「一見すると主語は複数であるが、動詞は“is”で受けるのが正しい」という例もある。

【例】訳:ハムエッグは、ありふれた朝食だ。

「Ham and egg are a common breakfast.」 ⇒×
「Ham and egg is a common breakfast.」 ⇒○

⇒「Ham and egg」は一見すると複数だが、「ハムエッグ」として1つの食べ物として扱われるため、文中では単数扱いとなる。

 なお、同一の単語であっても文脈によって動詞が単数形になる場合と複数形となる場合とがある。

【例1】訳:委員会は、全会一致で計画を承認した。

「The committee were unanimous in their approval of the plan.」 ⇒×
「The committee was unanimous in its approval of the plan. 」 ⇒○

⇒委員会(The committee)の各構成員よりも、委員会という1つの集合体に重きが置かれているため動詞は単数形となっている。

【例2】訳:委員会は、その計画通り進めるべきかで意見が分かれている。

「The committee is divided over whether they should proceed with the plan.」 ⇒×
「The committee are divided over whether they should proceed with the plan.」 ⇒○

⇒委員会(The committee)という1つの集合体よりも、委員会の各構成員に重きが置かれているため、動詞は複数形となっている。

 上記の例にみられる「Ham and egg」や「The committee」に関する動詞の選択は、英語の一般的な文法規則である“主語が単数の場合には単数形の動詞、複数の場合には複数形の動詞”という規則の例外にあたる。この例外の理解には、文中における単語の意味や役割の理解が不可欠となる。

 英語を母国語とする場合、上記の区別は意識的な学習によってではなく無意識にて習得される。こうした無意識での習得は、習得の際に大きな労力を必要としない。これに対して意識的な学習による習得は、一定の労力を必要とする。もっとも、労力を投じて外国語を(無意識ではなく意識的な学習によって)習得する場合、言葉が持つ意味や文法構造を想像し、理解する必要があることから、抽象的思考力を向上させる要因となる。
この点で、外国語の学習は知能を高めるための思考訓練となる。

抽象的思考を養うための英作文

 抽象的思考力は、ヒトの知能の高さと一定の関連性を有する。それゆえ、知能を測定することを目的として、大学入学試験などでは抽象的思考力を測るための問題が出題される。たとえば、京都大学の入学試験では以下のような問題が出題される。

◆(京都大学 2001年度入学試験問題 「英語」 )

子どもは好奇心のかたまりだ。それが、多くの動物の場合、成熟すると幼いときほどには好奇心を示さなくなるらしい。ところが、人間は年をとっても、様々なことに対する興味を持ち続けることができる。
(一部抜粋)

 京都大学の英作文問題の特徴は、英語に直訳しても読み手に本来の意味が伝わりづらい表現や、意図的に曖昧さを含む日本語特有の表現が用いられている点にある。多くの大学の入学試験にて短答の空欄記入式や一問一答式で単語や熟語の意味、もしくは文法知識を回答させる問題が出題されているのに対して、京都大学のような難関大学では入学希望者の知能を測定するために、高度な抽象的思考力が求められる記述・論述式の問題が出題されている。上記の問題では、英作文に必要な単語や文法の知識の量を測るだけなく、“一見すると直訳してしまいがちな日本語文”の文意を理解し、英訳できる抽象的思考の能力を測る意図が含まれている。

 なお、問題文冒頭の“子ども”はヒトの子どものみを指しているのではなく、動物の子どもも指している。それゆえ、「(ヒトの)子どもは……だ。しかし、成熟した多くの動物は……だ」のようにヒトの子どもと動物の大人を比較した英訳は誤りとなる。すなわち、英訳の際には“(ヒトを含む)全ての動物は子どもの頃は好奇心が強いが、大人になっても好奇心が強いのはヒトだけだ”という意図が読み手に伝わるよう文章を英語で構成することが求められる。

◆誤った解答例
Children are full of curiosity. But in case of many animals, they seem to lose their curiosity as they grow up. But human beings keep their interest in various things even when they grow up.

(子どもは好奇心が強い。しかし多くの動物の場合、成長するにつれて好奇心を失っていく。しかしヒトは、成長しても様々なことに対する興味を持ち続ける。)

 英語で“子ども”を意味する≪children≫は、ヒトの子どもを指す場合にのみ用いられる表現であるため、上記の問題文においては英訳の際に“子ども”の訳語として≪children≫を用いるのは適切ではない。また、上記の解答例では“それが”や“ところが”を≪but≫と訳しているために主張が二転し、真意が伝わりにくいものとなっている。

◆望ましい解答例
All animals, including human beings, are full of curiosity while they are young. In case of many animals, they seem to lose their curiosity as they grow up. On the other hand, human beings keep their interest in various things even when they grow up.
 (ヒトを含む全ての動物は幼い頃、好奇心が旺盛だ。多くの動物の場合、成長するにつれて好奇心を失っていく。一方で、ヒトは成長しても様々なことに対する興味を持ち続ける。)

 上記の解答例では、“子ども”を≪All animals, including human beings ~ while they are young(ヒトを含む全ての動物が幼い頃)≫とすることで、問題文の真意である“ヒトを含む全ての動物が子どもの頃~”という意味を表している。また、“それが”や“ところが”を逆説の意味を持つ≪but≫ではなく≪In case of(=~の場合)≫、≪On the other hand(=一方で、)≫とすることで「誤った解答例」にみられたような“主張の二転”を回避し、一貫した主張を展開している。

 こうした問題に解答するための「外国語の学習による文法構造の理解」は、推論の能力を養うだけでなく構成や抽象的思考の能力を養い、知能を高める訓練となる。

4.知能を高めるために

 多くの学生にとって、勉強とは無味乾燥なものという印象が強いかもしれない。また、勉強といえば親や教師から無理に強いられる苦行と捉える者も多いかもしれない。しかし、大学受験を始めとする学業・勉強は、単なる無味乾燥な苦行ではなく、ヒトが社会や組織の中で人として賢く生きることに大きく寄与する活動である。大学や就職先が人生の全てではないとはいえ、学業・勉強を通じて身に付けたヒトとしての賢さは、自身の人格と人生を大きく決定付ける要素となる。それゆえ、ヒトは今一度、人類の進化と発展を実現させた言語能力の本質を知り、向き合っていくことが大切といえる。

関連書籍

◆参考文献
・歴史が面白くなる 東大のディープな世界史(中経出版)
・最難関大への英作文(桐原書店)
・京大の英語25カ年(教学社)

◆参考サイト
東京大学日本語教育センター

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