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言葉の心理学~言葉が印象・記憶・判断に与える影響について~

言葉は、読み手や聞き手に様々な印象を与える。また、伝える順序や文言の違いによって聞き手の印象や判断、記憶は変化する。ここでは、伝える言葉の順序の違いが聞き手の印象にどのような違いをもたらすのかという点や、伝える文言の違いが聞き手の印象・記憶・判断にどのような違いをもたらすのかという点についてみる。

1.順序の違いによる印象の違い

聞き手に伝える言葉の順序の違いは、印象の違いをもたらす。心理学用語では、「初頭効果」や「アンカリング効果」と呼ばれる。

|1-1.初頭効果

言葉の順序が聞き手の受ける印象にどのような影響を与えるかを調べるために、以下の実験が行われた。
実験では被験者に対してある人物の特徴を読み上げ、それを聞いた上でその人物についての印象を考えるように伝えた。このとき、読み上げる特徴は以下の2つのパターンが用意された。

A:知的・勤勉・衝動的・批判的・頑固・嫉妬深い
B:嫉妬深い・頑固・批判的・衝動的・勤勉・知的

 上記の2つのパターンをそれぞれ異なるグループに対して読み上げた後、その人物の性格がどのようなものであるかを自由に記述させた。その結果、パターンAの人物像は『良い人であり能力が高く、多少の欠点がある』という、全体としては良い印象が形成されていた。これに対してパターンBの人物像は『欠点があり、能力を発揮できない、良くない人』という、全体としては悪い印象が形成されていた。なお、パターンAとパターンBはともに同一の情報であり、異なるのは伝えられた順序のみである。この点、パターンAとパターンBの聞き手がそれぞれ抱いた人物像が相反するものであることから、情報の内容だけでなく伝えられる順序が効果を生じさせることが分かる。この実験では、冒頭で『知的』と伝えられた場合には全体的な評価もそれに近いものになり、『嫉妬深い』と伝えられた場合には全体的な評価もそれに近いものとなった。すなわち、早い段階で述べられた情報ほど聞き手に強く印象付けられた。
このような“早い段階で述べられた情報ほど聞き手に強く印象付けられる”効果は、初頭効果と呼ばれる。

|1-2.アンカリング効果

会話の早い段階で述べられた“特定の意味を持つ情報”は、冒頭以外で述べられた情報よりも強く聞き手に印象付けられることが実験の結果から分かる。
なお、『知的』や『嫉妬深い』のような“単体で特定の意味を持つ情報”だけでなく、単体で特定の意味を持たない情報もまた、聞き手の印象や判断を異なるものにすることが確認されている。

行動経済学者のダニエル・カーネマンが行った実験で、『1×2×3×4×5×6×7×8』がいくつになるかという質問に対して即答するよう被験者のグループに求めた。その結果、回答の中央値は512であった。次に、他のグループには『8×7×6×5×4×3×2×1』がいくつになるかという質問に対して即答するように求めた。その結果、回答の中央値は2,250であった。この実験の結果から、いずれの計算も正解は同じ数値になるにもかかわらず、伝える順序が異なることで聞き手の印象(=判断)が異なっていることが分かる。

こうした異なる判断には、“アンカリング効果”と呼ばれる効果が作用している。アンカリングとは、ヒトが不確実な事象について予測をする際に一定の数値を設定し、それを基準として最終的な予測値を確定する思考活動を指す。
アンカリングを行う場合、最終的な予測値は最初に設けられた基準値に影響を受けるため、正確性の高い判断が困難となる。こうした要因が、“アンカリング効果”を生じさせることになる。すなわち、数字のような“単体で特定の意味を持たない情報”であっても、伝える順序によって聞き手の印象(判断)を異ならせることになる。

2.文言の違いによる記憶・判断・心象の違い

同一の事実であっても、それを表現する文言が異なると読み手の抱く認識が異なる場合がある。以下では、表現する文言の違いが聞き手の記憶や判断、心象にどのような影響を与えるのかについてみる。

|2-1.記憶の齟齬

文言の違いが聞き手の記憶にどのような影響を与えるかについて、アメリカの研究グループがある実験を行なった。この実験では車が衝突する映像を被験者に見せ、『車が衝突したとき、その車はどのくらいのスピードで走っていたか』と質問した。なお、質問の際には『衝突した』という表現を5つの動詞(smashed【激突した】/collided【衝突した】/bumped【ぶつかった】/contacted【接触した】/hit【当たった】)で表し、それぞれ異なるグループで質問した。
その結果、smashed【激突した】と質問されたグループでは実際の速度よりも早い速度を回答し、contacted【接触した】/hit【当たった】と質問」されたグループでは実際の速度よりも遅い速度を回答した。

また、映像の中で“壊れたヘッドライト”を見たか否かを質問する際に、『Did you see the broken headlight?』と『Did you see a broken headlight?』の2つの質問をそれぞれ異なるグループに対して行った。なお、英語では『the』は特定の対象がある場合に用いられ、『a』は一般的で不特定の何かを指す場合に用いられる。すなわち、前者の質問では壊れたヘッドがあることが含意されており、後者の質問では含意されていない。この実験の結果では、前者の質問を受けたグループの方が『壊れたヘッドライトを見た』と回答した被験者が多かった。

以上の結果から、同一の情報を見ていても質問で用いられる文言が異なることで、記憶に齟齬が生じることがわかる。

|2-2.判断の矛盾

同一の内容を意味する情報であっても、それを表現する文言が異なることで聞き手の判断が異なる場合がある。別の実験では、被験者に以下の前提を伝え、2つの対策のいずれかを選ばせた。

【問1】
『外国から広まってきた伝染病の対策を政府が検討中である。この病気では600人の犠牲者が見込まれている。この病気に対して、科学的に正確な根拠に基づく以下の2つの対策が提案された。』

・対策A:200人が救われる。
・対策B:1/3の確率で600人が救われ、2/3の確率で誰も救われない。

『対策Aと対策Bのどちらを採るべきか』

 この結果、被験者の72%が対策Aを選択した。

次に、対策の内容のみを変更し、それ以外は同じ前提で質問した。

【問2】※選択肢のみ変更

・対策1:400人が亡くなる。
・対策2:1/3の確率で誰も亡くならず、2/3の確率で600人が亡くなる。』

 この結果、被験者の78%が対策2を選択した。

対策Aと対策1は、それぞれ600人のうち『200人が救われる(=400人が亡くなる)』と『400人が亡くなる(=200人が救われる)』となり、同様の内容を述べている。しかし、対策Aを選んだのが被験者全体の72%であるのに対して、対策1を選んだのは被験者全体の22%であった。

・対策A:『200人が救われる(=400人が亡くなる)』⇒72%が選択
・対策1:『400人が亡くなる(=200人が救われる)』⇒22%が選択

※2つの対策の内容は同一

 なお、同一の被験者に両方の質問を行った場合も、それぞれ対策A(=200人が救われる)と対策2(=1/3の確率で誰も亡くならず、2/3の確率で600人が亡くなる。)を選ぶ場合が多く見られた。その際、被験者に対して回答の矛盾を指摘しても被験者は選択を変えなかった。このことから、同一内容を表す情報であっても言葉や文言によって聞き手の判断は異なり、ときに矛盾を認識していても判断を変えない場合があることが分かる。

|2-3.心象の変化

文言の違いは、記憶の齟齬や判断の矛盾を生じさせる以外にも、聞き手や読み手の心象を左右させる効果を持つ。こうした性質は、主に販売促進の分野で用いられている。
飲料メーカーの伊藤園では、『缶入り煎茶』という商品名を『お~い お茶』に変更することで商品の売り上げを翌年に2倍にした。また、同じく飲料メーカーのサントリーでは、『WEST』という商品名を『BOSS』に変更することで売り上げを翌年に2倍にした。さらに、アパレルメーカーであるレナウンでは『フレッシュライフ』という商品名で販売していた“会社員向けの機能性靴下”を、会社員に馴染みのある“通勤快速”という単語を基に『通勤快足』とすることで、売り上げを翌年に10倍、2年後に15倍にした。

同一の商品であっても、文言(=商品名)が変化することで聞き手や読み手の心象が異なったものとなる。こうした言語の性質は、広告や宣伝の分野のように心象の形成が求められる場面では戦略の一環として活用される。

3.人間関係の基礎としての言葉

言葉は、伝える順序や表現方法によって同一の情報や事実であっても聞き手に異なる記憶や判断、心象をもたらす。
経済であれ政治であれ、社会における人間関係の基礎は言葉にある。選択する言葉によって聞き手・受け手の心理に大きな違いを生じさせることから、社会において言葉選びは重要となる。