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性依存症(セックス依存症)の脳科学

 「性依存症」もしくは「セックス依存症」という言葉がここ数日、世間を賑わしている。センセーショナルな言葉であるがゆえに耳に残りやすく、その詳細に対する興味を集めている。
 これらの言葉に関して注意が必要な点は、正式な医学用語ではないという点である。

【目次】
1.性依存症(セックス依存症)とは何か?
2.性依存症(セックス依存症)と本人の認知・認識
3.性依存症(セックス依存症)と法律

1.性依存症(セックス依存症)とは何か?

 上述したように、「性依存症」や「セックス依存症」という病名は存在しない。類似の疾患として挙げられるのは、「性嗜好障害」もしくは「強迫的性行動症」である。

性嗜好障害

 性嗜好障害は、いわば「性的満足を得るための手段の偏り」である。一般的な社会通念を逸脱した性的な刺激に対して強い衝動をみせ、それらの行為に走ったり性的な幻想を繰り返し、なおかつ苦悩や社会的障害が持続的に生じている場合に診断される。
 主に小児性愛や窃視症、露出症、服装倒錯、サドマゾヒズムなどが知られている。自身やパートナーのみに影響するものから法に触れる行動に至るまで、さまざまなものがある。
 誘因や原因としては、心理社会的要因と生物学的要因とに分けられる。心理社会的要因としては、幼少期の心的外傷体験や性的虐待、防衛機制との関連が提唱されている。生物学的要因としては、ホルモン異常や染色体異常などが報告されているが、明確な関連は示されていない。男性に多くみられ、半数以上は18歳以前に発症することが分かっている。

強迫的性行動症

 強迫的性行動症(Compulsive sexual behaviour disorder、CSBD)は、いわゆる「過剰性欲」を行動や衝動の制御の観点から捉え直したものである。強烈かつ反復的な性的衝動の制御の失敗によって望ましくない結果が生じているにもかかわらず、性行動が継続され、なおかつ重大な苦悩や社会的問題を引き起こしているものを指す。
 2018年6月に世界保健機関(WHO)が発行した国際疾病分類(ICD)の中で初めて、強迫的性行動症は精神疾患に位置づけられた。もっとも、強迫的性行動症はギャンブル依存症や薬物依存症と同様の「依存症」に該当するか否かについては未判断のままである。
 強迫的性行動症の推定有病率は、WHOの発表によればアメリカで8.6%となっている。

 強迫的性行動症は、性行動や恋愛に対する強い衝動や欲求により、その頻度や内容、費やす時間や費用がエスカレートし、やがて健康や社会規範までも犠牲にするケースがある。正常と考えられる性交や自慰行為が対象となる場合もあることから、後述の「性嗜好異常(paraphilia)」とは区別される。

 性嗜好異常(paraphilia)は、「偏倚した(para)」「愛好の病(philia)」を意味する診断カテゴリーとして、DSM-Ⅲ(=精神障害の診断と統計マニュアル)で採択されている。主に、異常性欲や性倒錯の意味で用いられることが多い。
 後のDSM-Ⅳでは性機能不全や性同一性障害とは区別され、性的興奮を招く強烈な空想、性的衝動、人間以外の対象物や自身もしくは同意しない人を相手とする行動の反復が、少なくとも6ヶ月間生じることを基本特徴とされた。

 性嗜好異常(paraphilia)が性行動の内容や対象の異常性に主眼を置いているのに対して、強迫的性行動症は性行動への執着や衝動の制御障害に主眼を置く。すなわち、性の対象は正常でありながら、目的を達成するための頻度や執着が異常な水準にあるとされる。正常と考えられる性交や自慰行為が対象となる場合もあるため、性嗜好異常(paraphilia)と異なり認知されにくい(=性欲の強いだけと認識されやすい)。主な治療としては、精神療法や行動療法などがある

2.性依存症(セックス依存症)と本人の認知・認識

 これまでにみてきたいわゆる「性依存症(セックス依存症)」には、本人に認知の歪みがみられる。たとえば性犯罪の際、被害者が恐怖で動けなかったにもかかわらず、「被害者自らが性的な行為を望んでいた」と認識するケースや、「女性であれば男性を受け入れて当然である」という、自身の性的な行動を継続するために都合のよい、誤った認識がみられる。

 なお、性依存症に関しては、異常行動の原因を本人が性欲にあると認識しているにもかかわらず、実際には支配欲や特権意識、または自己重要感を満たすために行なわれているという見方もある。こうした立場からは、性依存症の本質が「衝動の制御の障害」であると考えられている。

 性依存症は、第三者からみれば「好きでやっている」と思われることも少なくないが、加害者が望まず、嫌悪感や罪悪感を抱きながら行為に及ぶこともある。

3.性依存症(セックス依存症)と法律

 性的な行為はそれ自体、ヒトの在るべき営みであり、互いの同意があれば法律上の問題はない。これは夫婦やカップルに限らず、性風俗サービスの利用などにおいても同様で、たとえ異常といえるほどの回数であってもそれ自体が違法になることはない。しかし性依存症は、場合によっては盗撮や痴漢、強姦、または売春など、法律に抵触する犯罪行為を生じさせることもある。すなわち、性依存症(セックス依存症)に基づく行動は合法のものと違法のものに分類できる。

 合法のものとしては、夫婦・カップルでの性行為以外にも、風俗の利用や自慰行為、または浮気や不倫も含まれる。(※浮気や不倫は民法上の不法行為に該当するが、刑法上の犯罪行為には当たらない。)
 違法のものは、接触型と非接触型に分けられる。接触型には痴漢や監禁、強姦、快楽殺人などがあり、非接触型には盗撮や覗き、露出、ストーキング、下着窃盗などがある。なお、痴漢や覗きなどの性犯罪化するタイプは、「パラフィリア障害」に分類され、依存症に含めるかどうかに関して現在でも専門家の間で意見が分かれている。

【参考文献・参考サイト】
・現代精神医学事典(弘文堂)
・精神神経疾患ビジュアルハンドブック(学研)
・精神医学 61巻3号 (2019年3月)(医学書院)
・AFP BB NEWS「「強迫的性行動症」は精神疾患、依存症かどうかは未判断 WHO」
・日経メディカル「強迫的性行動症の米国の推定有病率は8.6%」
・医療法人社団 祐和会 大石クリニック「性嗜好障害(性依存症)とは?」
・医療法人社団 明善会 榎本クリニック「性依存デイナイトケア」