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なぜ子どもは「とうもころし」?【言い間違い(音位転換)の脳科学】

 小さな子どもは、しばしば言い間違いをする。その代表的な例のひとつが、「とうもころし」である。宮崎駿監督のアニメ映画「となりのトトロ」に登場するサツキの妹メイが「とうもころし」と言ったことを覚えている人も多いかもしれない。もしかすると、子どもを育てる親の中には、このような言い間違いをするのはメイと自分の子どもだけと考えるかもしれないが、この「とうもころし」という言い間違いは、全国の子どもにみられる。

 なぜ子どもは「とうもころし」と言うのか。この言い間違いは、「音位転換」と呼ばれる現象である。音位転換とは、発音が困難である音の並びが、発音が容易な並びに入れ替わることを指す。特に1歳半から6歳ごろにみられる現象である。

【目次】
1.ヒトの進化と言語
2.子どもは未発達
3.大人にもみられる音位転換
4.歴史にみる音位転換
5.日常にあふれる音位転換
6.おとなもこどもも、おねーさんも

1.ヒトの進化と言語

 ヒトが言葉を自在に操れる理由を思い浮かべるとき、多くの人がおそらく最初に挙げるのは、「脳の大きさ・複雑さ」である。しかし、脳の大きさ・複雑さだけでは言葉を自在に操ることはできない。
 言葉の発音・発声には、「調音」という技術が不可欠である。発音・発声には声帯の振動が必要であり、声帯を振動させるためには肺から息を送り、舌や歯、唇を自在に活用することが求められる。この一連の活動こそが、「調音」である。

 動物の呼吸は、本来は自律神経によって行われる無意識の活動であった。しかし、ヒトが脳を発達させ、直立二足歩行を獲得したことで、呼吸の制御が可能となった。
 直立二足歩行によってヒトの首は長く進化し、喉頭(こうとう)が下がり、咽頭(いんとう)が長くなった。こうした脳の肥大化と首(喉)の構造の変化により、ヒトは意識的に口から音を出すことができるようになった。
(関連記事:ヒトの知能の高さは、言語能力によって実現された。

2.子どもは未発達

 小さな子どもは、身体のさまざまな部分が未完成であるがゆえに、大人であれば容易にできることでも困難を伴うことが多い。これは、発音に関しても同様である。
 「とうもろこし」を例に挙げれば、「ろ→こ」の発音よりも「こ→ろ」の発音のほうが容易となる。この理由から、小さな子どもは「とうもころし」と発音することが多い。

3.大人にもみられる音位転換

 「とうもろこし」を「とうもころし」と言う大人はおそらく少ないが、音位転換そのものは大人にも多くみられる。代表的なものとしては、「雰囲気(ふんいき)」を「ふいんき」と話す音位転換である。また、「シミュレーション」を「シュミレーション」と発音したり、「コミュニケーション」を「コミニュケーション」と発音することもある。これは、日本語にある「趣味(シュミ)」や「込み・混み(コミ)」の音に影響を受けているとも考えられている。こうしたケースは、「類音牽引」と呼ばれる。

4.歴史にみる音位転換

 「とうもころし」や「シミュレーション」などの音位転換は、注意(意識)することで気付くことができるが、音位転換が長期間にわたって続けられた結果、日常生活に溶け込んでいるものもある。たとえば、「新しい(あたらしい)」という言葉である。

 「新」という漢字は、「新しい(あたらしい)」という読み方以外にも、「新た(あらた)」という読み方がある。この「新た(あらた)」こそが、本来の読み方である。すなわち、「新しい(あたらしい)」は本来、「新しい(あらたしい)」であった。
 今から1200年以上も昔の奈良時代では「あたらし」と読まれていたものが、後の平安時代になって「あたらしい」に変化したといわれている。その変化が、1000年後の今日まで続いている。
 長い歴史の中で音位転換が定着した言葉としては、他にも「山茶花(さざんか)」が挙げられる。「山茶花(さざんか)」は、元々は「さんさか(さんざか)」と読まれていたといわれている。

5.日常にあふれる音位転換

 「新しい」や「山茶花」は教科書でも正解とされる読み方として定着したが、日常生活の中で多く使われているにもかかわらず、未だ教科書では正解とされない読み方(発音)は多い。主な例としては、以下の言葉が挙げられる。

・「全員(ぜんいん)→ぜいいん」
・「原因(げんいん)→げいいん」
・「店員(てんいん)→ていいん」
・「女王(じょおう)→じょうおう」
・「2.5(にてんご)→にいてんご」
・「体育(たいいく)→たいく」
・「唯一(ゆいいつ)→ゆいつ」
・「洗濯機(せんたくき)→せんたっき」
・「手術(しゅじゅつ)→しゅずつ」
・「バドミントン(ばどみんとん)→ばとみんとん」
・「バッグ(ばっぐ【bag】)→ばっく」
・「ビッグ(びっぐ【big】)→びっく」
・「ベッド(べっど【bed】)→べっと」
・「キッド(きっど【kid】)→きっと」

 上記の言葉は、日常生活の中で“誤った発音”をしても容易に通じる。それほどまでに、日常生活に浸透している。
 なお、こうした音位転換は日本語だけでなく、英語やイタリア語、アヴァル語に至るまで、多くの言語で確認されている。

6.おとなもこどもも、おねーさんも

 「とうもころし」は子ども特有の音位転換といえるが、日常生活には子どもだけでなく、多くの大人も音位転換された言葉を多用している。かつて歴史の中では誤りとされた表現が今日にて正しいものと定義されていることを考えると、ヒトは今後も、音位転換とともに生きていくのかもしれない。

【参考文献・参考サイト】
・日本赤ちゃん学会「言い間違いからみた言語発達」
・ことば研究館「ことばの疑問」
・公益財団法人 日本漢字能力検定協会「「ふんいき」で読み方が変わる?」
・exciteニュース「子供はなぜ「とうもころし」といってしまうのか」